2018/11/08 20:00

パリ・オペラ座のエトワール ドロテ・ジルベールの美しき素顔

実はフレンドリーで笑い上戸


●ドロテ・ジルベール
1983年、フランス・トウールーズ生まれ。95年、パリ・オペラ座バレエ学校に入学。2000年、17歳でパリ・オペラ座バレエ団に入団。07年、24歳にして同バレエ団の頂点であるエトワールに任命され、その後はさまざまな作品で主演を務める。17年には、夫であるジェームス・ボルトが監督した短編で主演女優として映画デビューを果たす。また、ジュエリーの名門ピアジェのアンバサダーも務めている。

 ドロテ・ジルベールは美しい女性だった。驚いたような大きな瞳は表情豊かで、低めの落ち着いた声で話す言葉はウィットと思いやりに溢れている。

 世界最高峰のパリ・オペラ座バレエ団の頂点であるエトワールになってから11年。トップで輝き続けているスーパー・バレリーナは、舞台から降りると呆気ないほどフレンドリーで笑い上戸なのだ。

 自然体でそこにいるだけで、空間全体が完璧な絵のようになる。白い普段着のドレスも、ハイブランドのものではないのに、彼女が着ると素晴らしくスタイリッシュになる。舞台では色白に見えるが、間近で見る肌は健康的な小麦色だ。

「日焼けしやすい体質だけど、これはバカンス焼けではないんです。母親がスペインの血をひいているので、どの季節も肌が真っ白であるということはないの。でも、舞台では身体に何も塗っていないですよ。照明で白く見えるのかも知れないわね」


鍛え抜かれたバレリーナの肉体。産後にはダイエットを成功させた。

 今年は「ル・グラン・ガラ」「第15回 世界バレエ フェスティバル」とドロテを日本の舞台で観ることのできるチャンスが多い年だった。現在35歳の彼女は、踊り手としての円熟期にさしかかっている。少し前まで活躍していた先輩エトワールたち……アニエス・ルテステュ、イザベル・シアラヴォラ、マリ=アニエス・ジロは次々と引退し、「同僚」だったオーレリー・デュポンはオペラ座の芸術監督になった。

「彼女たちがダンサーを引退したことで、私の踊りに何か影響が出るということはないんです。国内でも外国の公演でもずっと自分の踊りに集中してきたし、上の世代がいなくなったから責任が重くなると感じたことはないわ。私自身は、エトワールになって以来、ほぼすべてやりたい役を踊らせてもらいました。成熟したと思うし、一度離れた役に再び取り組むときにも新鮮さを感じます。一度その役を経験していることで、スタート・ラインが既に高くなっているから、いい演技をすることが出来るんです」

私生活では4歳の娘の母


自然体が魅力。どんなときにも最高の気分を保つ秘訣を知っている。

 エトワールになったばかりの頃は、マチアス・エイマンと組むことが多かったが、ここ数年は主にマチュー・ガニオと踊っている。

 日本でも人気の高い「王子様」マチューと美しいドロテは、舞台でも理想のペアに見えるが、マチューを取材したことのある筆者は「夢見るような」彼のキャラクターと、てきぱきと物事を進めるドロテは正反対の性格に思えてしまう。

「確かに性格は違うけれど(笑)、マチューと私には共通点があって、音楽の聴き方がとても似ているんです。音楽性が一緒……つまり音楽を聴く耳が同じなんですね。これは本当に些細なことなんですけど、ダンサーによって異なる感覚で、パ・ド・ドゥのときの音楽がちょっと早い、あるいはちょっと遅い、というときに、音楽に乗りなおすときの呼吸感があるんです。言葉には出しませんけれど……どのダンサーとも共有できるものではないから、マチューとは気が合うのだと思います。練習でも、パートナーによっては『今やりたくない』というときに『もっとやろうよ』と言ってくる人もいるのですが(笑)、マチューとはお互いのタイミングが一致してストレスが生じないんですね」


少し低めの耳に心地よい声で、バレエやプライベートや人生について語る。

 私生活では一児の母。4歳の娘さんとプールで遊ぶこともある。「人生はバレエだけ」という張り詰めたタイプではなく、プライベートも充実している。

「大切なことはバランスです。食べ物にしても、一日中野菜だけ食べていても栄養が不足してくる。ダンスもトレーニングは大事ですけど、私たちの日々の生活の中にも、表現を豊かにしてくれるものがあるんです。パリ・オペラ座では42歳でダンサーとしてのキャリアは終わりますから、いずれは私も『ダンスがなくなる』生活がきてしまう。8歳からダンスをやってきて、そこから何もない世界に突き落とされてしまうのか、それ以前に作り上げていた豊かな世界にいるのか……42歳になってダンス以外に何をしたらいいか分からなくなったら悲しいですよね。現役で踊っている今でも、ダンスしかない生活だとモティベーションを保ち続けるのは難しいですよ」

フィットネスDVDをリリース


『ドロテ・ジルベール パリ・バレエ・フィット』ドロテ・ジルベール
5,000円(税抜) 発売中 ユニバーサル ミュージック

 今年、ドロテは彼女自身が続けてきたフィットネスを収録したDVD『ドロテ・ジルベール パリ・バレエ・フィット』を発表した。

 筋トレ、有酸素運動、ストレッチを取り入れた一日15分のメニューを紹介する内容だ。このDVDの中のドロテの表情がとてもいい。「美は一日にしてならず」「でも楽しみながらやらなくては意味がない」と言われているような気にもなる。一緒にエクササイズすれば効果が出るし、見ているだけでも元気になる。

「日本のスタッフの皆さんと3日間で撮影したのですが、何台もカメラを置いて、さまざまなアングルから撮りました。オペラ座から近いところにある古い建物をリノベーションしたスタジオで、とてもいい雰囲気でしたね。私はバレリーナですから『ここは白鳥の動きを取り入れて……』というように、ただ腕を動かすのではなくバレエの要素も加えました。バレエミストレス(教師)みたい? 確かに、一緒にリハーサルしているダンサーに『ここはこうすればいいんじゃない?』とアドバイスして、『おかげでよくなった』と言ってもらったことはあるわね。人にアドバイスできるのは、自分がやった経験があることだから。プロのダンサーになったら、自分で自分を直していくことが求められます。それまではバレエ学校で先生が直してくれていたことを、自分でやらなければならないんです」


つねに目的意識をもち、時間を大切に使ってきた。秘めた自信が彼女のオーラになっている。

 ドロテが故郷トゥールーズでバレエを習い始めたのは7歳。11歳でパリ・オペラ座バレエ学校を受験するも不合格となり、12歳で再び挑戦して合格をする。ローティーンの頃から、血のにじむような努力を重ねてきた。

「パリ・オペラ座バレエ学校に入れる上限の年齢が当時は12歳だったんです。だから、もう必死でした。トゥールーズでバレエを始めた7歳の頃は、バレエが職業になるとは思っていなかった。ある日、母親とバレエを観に行って『あの人たちはダンスを職業にしているの?』と聞いたんです。母は『もちろんよ。ダンサーは踊ることを仕事にしているの』と答えてくれた。そこで、初めてバレエを自分の仕事にしたいと思ったんです。幸い両親は、子供のやりたいことを自由にさせてくれる人たちだったけれど、『バレエダンサーを目指すのはいいけれど、オペラ座以外はダメ』と言われて(!)。『パン屋になるなら一番のパン屋にならなければ』ということと同じだったと思うけど……両親の方針にはとても感謝しています」

ベスト・パートナーは誰だった?


どのパートナーとも美しく踊ってきた彼女は、会話でも「レスポンスの達人」だった。

 パリ・オペラ座バレエ団でエトワールになれるのは一握り。それも、引退直前の年齢になってようやくエトワールになるというケースもある。23歳で頂点にゴールできた彼女には何か秘訣があったのだろうか?

「当時の芸術監督はブリジット・ルフェーブルでしたが、彼女から小さな役を代役でもらうたびに、全力で取り組んでいました。代役でも、いつチャンスが来てもいいように先生とレッスンをしておくんです。キャスティングが行われる前に、準備をしておくこともありました。そうすると、役が回ってきたときに『彼女はいつでも十分に踊れる』という印象を与えられるんです。チャンスだけでなく、才能が大事だという意見もありますが、パリ・オペラ座バレエ団くらいのレベルになると、下手なダンサーというのはまずいないわけです。指導陣の好みというものももちろんありますが、昇進試験では「あなたの踊りのここが好き・嫌い」ということを言われても、その中で一番いい踊りを見せればいいのだと思っていました。一番の踊りを見せれば、納得させられるのだと信じていたのです」

 まさに闘いの世界……しかし、彼女にとって自分の敵は自分。意地悪なところなどまったくなく、初対面のインタビュアーにもとても優しく、気を遣ってくれる。オープンマインドな彼女にどうしても聞きたいことがあった。

 これまで新旧の大スターと踊ってきて、誰がベスト・パートナーだった?

「それは時と場合によるの。役や技術によって変わるけれど……そうね。まずはマニュエル・ルグリ。彼は素晴らしいパートナーであるだけでなく、私を教育し、引き上げてくれました。そしてニコラ・ル・リッシュ。ルグリとは正反対のタイプだけど、凄いパワーがあって、長年私を応援し、支えてくれたダンサーです。そしてマチュー・ガニオ。昨年エトワールになったユーゴ・マルシャンは私より10歳若いけれど、彼も素晴らしいダンサー。芸術的な波長が合うし、これから踊る機会が増えることを願っています。マルセロ・ゴメスも最高ね。もう引退してしまったダンサーもいるから、みんなの名前を出してもOKよね(笑)」

 笑いに溢れたインタビューの後、ドロテの方から名残惜しそうに戻ってきて、握手をしてくれたのは嬉しいことだった。自分に厳しく、果てしない挑戦を続けている彼女だからこそ、他人には優しいのだろう。

 本当にビューティフルであるということは、どういうことなのか……舞台を降りても周りを幸せにするバレリーナの姿を見て深く考えた。


小田島久恵(おだしま ひさえ)

音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

文=小田島久恵
撮影=深野未季

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