2018/11/07 18:00

村上春樹原作映画『バーニング』が カンヌ映画祭で無冠に終わった理由

業界誌での下馬評は高かったが……


『寝ても覚めても』の濱口竜介監督、主演の東出昌大と唐田えりか。えりかちゃんがレッドカーペットの階段で躓きそうになったとき、速攻で手を差し伸べた東出くん。その紳士ぶりは、和製ヒュー・ジャックマン。

 ようこそ、カンヌへ。

 いつの話をしているんだ、と突っ込まれそうだが(そろそろ秋の映画祭&映画賞シーズンだけどね)、ちょうどカンヌ国際映画祭に出品された濱口竜介監督の『寝ても覚めても』が公開されたことだし、先に進む。


『万引き家族』チームの上映後取材。深夜にもかかわらず、樹木希林さんは、帰り際までコメントをくれる丁寧さだった。「娘(内田也哉子さん)がファンの、マチュー・アマルリックさんと写真を撮らせてもらいました」と喜んでいた。合掌。

 今年のカンヌで是枝裕和監督の『万引き家族』と賞を競ったライバル作品たちについて前回紹介したが、特に批評家たちが絶賛したイ・チャンドン監督の『バーニング』(英題:Burning)が、公式な賞は受賞できずに終わったのは意外でもあり、ある意味ではジンクス通りの結果になってしまった。


日本では『バーニング 劇場版』として2019年2月公開予定。NHKが出資しており、テレビ版もあるためこの邦題になった模様。写真はイ・チャンドン監督に桟橋でインタビューをするマダムアヤコ。

 カンヌではいくつかの映画業界誌が毎日、星取り表を出すのだが、「スクリーン・インターナショナル」誌の星取り表では、『バーニング』は4点満点中、国際色豊かな10人の批評家のうち8人が満点をつけ、平均でも3.8点と、過去最高だった『ありがとう、トニ・エルドマン』の3.7点という記録を更新(2位の『万引き家族』は3.2点で全作品のアベレージは2.4点。『寝ても覚めても』がまさに、2.4点だった)。


「スクリーン・インターナショナル」の星取り表。4ツ星がExcellent(傑作)、3ツ星がGood(良い)、2ツ星がAverage(平均)、1ツ星がPoor(今ひとつ)、×がBad(駄作)。『バーニング』は10人中8人が4ツ星だった。

フランス、ドイツ、中国、英国、タイ、米国、ロシアの映画記者10人が採点。

 この他の業界誌でも『バーニング』は軒並み高得点で、授賞式の直前に発表された、国際批評家連盟(FIPRESCI)賞も受賞した。

 これがくせもので、2年前に『ありがとう、トニ・エルドマン』も同賞を受賞したが、映画祭からの賞は無冠に終わった。FIPRESCI賞発表の際、「これで『バーニング』のパルムドールはないね」と言ったプレスがいて、そのとおりになったのだ。

原作は村上春樹の「納屋を焼く」


今年のカンヌのアイコンとなったのはゴダールの『気狂いピエロ』(65)の名場面。主演のアンナ・カリーナも、久々にカンヌに登場した。

 マダムアヤコは『万引き家族』か『バーニング』のどちらかがパルムなのでは、と思っていたのだが、後者の関係者の姿は授賞式のレッドカーペットにはなく、無冠だったことがその場でわかった。

 カンヌでは何らかの賞が決まった場合、「授賞式にぜひ出席してください」という遠回しな受賞連絡が当日あるため、レッドカーペットに登場した時点で、何かはもらったことがわかる。もちろん連絡が来なくても、出品者は出席して構わないのだが。


『バーニング』公式会見での、イ・チャンドン監督、ユ・アイン、スティーブン・ユァン、新人でヒロインに抜擢されたチョン・ジョンソ。

 村上春樹の短編小説「納屋を焼く」が原作のこの作品は、『ポエトリー アグネスの詩』(10)で、カンヌの脚本賞を受賞した韓国のイ・チャンドン監督の8年ぶりの新作。

『ベテラン』の若手実力派スター、ユ・アインが小説家志望の主人公を、米国ドラマ『ウォーキング・デッド』のグレン役で人気のスティーヴン・ユァンが彼と幼馴染を翻弄する裕福な謎の男を演じる。

 村上春樹の世界を、現代韓国の若者の閉塞的な状況にうまく移し替え、ミステリーとしての面白さもあり、私の知りうる限り、村上作品の映画化としてはもっとも成功していると思ったのだが、ケイト・ブランシェット率いる審査員たちの意見は、ちょっと違ったようだ。

 というよりも、完成度よりも、前回書いたように、「今が反映されているか」という点で、賞に一歩届かなかったのではないかという気がしている。

『バーニング』や『寝ても覚めても』は完成度において、なんら遜色があったとは思えない。そして、やはり賞というのは誰が選ぶかも大きい。


授賞式後の審査員たち。左からケイト・ブランシェット、フランスの監督ロベール・ゲディギャン、クリステン・スチュワート、チャン・チェン、見きれてしまったがブルンジの歌手カジャ・ニン。今年はの審査員9人のうち5人が女性だった。

 審査委員長のケイトは授賞式で、「今年は、見えない人々(Invisible People)に声を与えた映画が目立ちました。無力で居場所も無い人々も、愛をもとめているのです」と語った。

『万引き家族』も、審査員賞を受賞したナディーン・ラバキー監督(レバノン)の『カペナウム』(原題:CAPHARNAÜM)も、見えない人々=社会的にいないことにされがちな人々に焦点をあてている。『カペナウム』で親に搾取されるスラムの少年を助けてくれるのが、不法移民の女性というのも、『万引き家族』に通じるものがある。


日本でも『キャラメル』(07)などの公開作がある監督で女優のナディーン・ラバキー。『カペナウム』では主役の少年をはじめ、出演者のほとんどは実際にスラムで暮らす人々を起用したそう。

 あまりにストレートすぎて批評家からは貧困ポルノだとも指摘されたが、メッセージは強烈だった。少年の11歳の妹が親によって大家の男に嫁がされるなど、格差社会を、そして女性や子供の虐待を告発する映画は、まさに世界の今を反映していた。

 さて、マダムアヤコが敬愛するゴダールとの“出会い”についてなど、語りたいことはまだまだあるのだが、それは次回に。


石津文子 (いしづあやこ)

a.k.a. マダムアヤコ。映画評論家。足立区出身。洋画配給会社に勤務後、ニューヨーク大学で映画製作を学ぶ。映画と旅と食を愛し、各地の映画祭を追いかける日々。執筆以外にトークショーや番組出演も。好きな監督は、クリント・イーストウッド、ジョニー・トー、ホン・サンス、ウェス・アンダーソンら。趣味は俳句。長嶋有さん主催の俳句同人「傍点」メンバー。俳号は栗人(クリント)。「もっと笑いを!」がモットー。片岡仁左衛門と新しい地図を好む。

文・撮影=石津文子

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