2019/01/11 20:00

新進気鋭の映像作家・二宮健監督 20代的な映像&音楽センスに注目

 門脇麦や成田凌など、旬の若手俳優共演で、岡崎京子原作を映画化した二宮健監督。高橋一生やDEAN FUJIOKAもその才能を認めた、27歳の新進気鋭の映像作家が“映画愛”について語る。

スピルバーグに憧れ
小4から映像制作


――映画監督を志したきっかけは、幼稚園の頃に観た『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』だったそうですね。

「その年齢だったら、普通なら演者として、映画に出演してみたいという発想になるんじゃない?」と言われるのですが、それは一切なくて。当時から“出演する=誰かの指示を受ける”、それは自分には向いてないなってうっすら分かっていたんでしょう(笑)。その前からアクションフィギュアを動かして遊ぶことが好きだったから、物語に入ることより、物語を作ることに惹かれていて。それで、家族にも親戚にも友達にも「将来、映画監督になる!」と言っていました。

――そして、小学4年生からビデオカメラで、作品を撮り始めたそうですね。

 家にあった古いホームビデオカメラで、レゴブロックやフィギュアを撮影していました。自分のなかには何らかのストーリーがあって、最初に撮った映画のタイトルは『エンド・ワールド・プロテクト・メカ』という、2時間の3部作ものでした(笑)。その後に、カメラがどんどん小さくなって、中学に入ると、編集ソフトを使うようになっていました。それに、とにかく物語を作るのが好きで、時間さえあれば、マンガか小説みたいなものを書いていました。

――その一方、どのような映画を、どのように観ていましたか?

 最初に好きになった監督はジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグです。今でもやっぱり、ハリウッドのブロックバスター大作が好きなんです。映画館にもたくさん通いましたし、ビデオレンタル店に入り浸っていました。でも、やっぱり学生なので、小遣いに限界はあるし、親の許可もいるじゃないですか。だから、週末に放送されていた「金曜ロードショー」「ゴールデン洋画劇場」「日曜洋画劇場」には助けられました。

映画を知れば知るほど見える
ハリウッド大作の面白さ


――そんななか、ご自身のなかで転機となった1本を教えてください。

『ターミネーター』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などを経て、小5のときに今はTOHOシネマズになった大阪の北野劇場で『地獄の黙示録 特別完全版』を観たんです。そのとき、「こういう映画もあるんだ!」と気付かされて、さらに視野が広がりました。その後、ミニシアター系の映画も観ることで「映画って、こっちなのかも?」と触発されるようになり、それによってハリウッド大作の面白さや見え方を再確認し、最終的にはハリウッドに戻ってくるんですよ。

――二宮監督といえば、音楽、特にポップ、ダンスミュージックの使用センスも絶妙ですが、音楽に対する造詣の深さはどのようなところから?

 映画を観ると映画音楽を聴きたくなるのは当然で、いちばん最初に買ったCDは、ジョン・ウィリアムズのベスト盤でした。でも、音楽に関しては、父と姉の影響が大きくて、いろんなジャンルの音楽をひと通り聴いていきましたね。

――その後、08年の「第3回高校生映画コンクール 映画甲子園2008」で監督賞を受賞し、近年さまざまな映画監督を輩出している大阪芸術大学に進学。その後も、次々と作品を撮られますよね。

 ホントは日芸(日本大学芸術学部)、欲をいえばUSC(南カリフォルニア大学)に行きたかったんですが、いろいろあって行けなかった。でも、大学に入ってからは、映画ばかり撮っていましたね。いろいろ作りたいものはあるし、作らないと暇なんです(笑)。一本一本のクオリティはそこまで気にしてなかったと思うんですが、中学生のときから数えて、気付けば短編、長編合わせて、卒業までに40本は撮っていました。

自主映画の常識を超えた
卒業制作


――そして、卒業制作作品として発表した『SLUM-POLIS』が自主映画界で話題になり、後に劇場で一般公開されます。上映時間113分のSFアクション大作という、自主映画の常識を超えた一本を撮るに至った経緯は?

 それまでにいくつか賞はもらっていても、昔からそこまで自己評価は高くないですし、プロの映画監督になれる保証なんてないですから。そこで「プロより面白いもの、誰もやったことのない映画を作るしかない!」と思ったんです。ここで精一杯頑張って、無理だったらしょうがないじゃんって。もう、最後のあがきに近かったです(笑)。『SLUM-POLIS』は、200万円の製作費と40日間のスケジュールで撮りました。

――日本映画界の現状に対する想いみたいなものもあったのでしょうか?

 自分が面白いと思っている映画と、日本で作られている映画があまりにかけ離れていて、「僕が間違えているのか?」「単純に、日本映画が面白くないのか?」ということも、正直分からなくなっていました。だから、たとえ世間の温度感とは違っても、自分が面白いと思っているものを作ろうと思ったのも大きいです。『SLUM-POLIS』があったことで、今の仕事に繋がっているとは思いますが、未だに自分の中で処理しきれていないことがたくさんある作品です。

――そして、自主映画時代の一本『眠れる美女の限界』をセルフリメイクした、『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』で商業映画デビューを果たします。

 いろんな企画が頓挫していくなか、リメイクのオファーが来たのは有難かったですね。『眠れる美女の限界』は自分が作っていて楽しい作品でしたし、それをもう一度作らせてもらえるなんて、純粋に嬉しかったです。それに、自分のオリジナル脚本で商業映画デビュー作を撮れるというのも、とても良いチャンスでした。

自身の集大成となった
監督最新作『チワワちゃん』


――『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』には高橋一生さんが出演、また「Echo」などDEAN FUJIOKAさんのMVも監督されています。

 高橋さんは僕の作品に力を貸してくださいました。DEANさんの作品には、僕が力添えさせていただいているように、お二人とはいいご縁があったと思っています。お二人とも、全然違うタイプの方ですし、またご一緒させていただければ嬉しいですね。

――監督最新作である『チワワちゃん』は、岡崎京子さんの原作を現代風に脚色。門脇麦や成田凌など、旬の若手俳優たちの共演も見どころですが、全編に渡って二宮監督のセンスに溢れています。

 4年ほど前に原作に出会ったんですが、そのときに自分が胸張って、「この原作を映画化したい!」と思える喜びがありました。そして、これを「20代のうちに作る!」という目標を掲げたんです。だからこそ、26歳で撮れた達成感は大きいですし、「僕の映画とは?」というものの現状での集大成になったと思います。そして、余計な自意識を捨てて、自分が目指していた映画に向かっていける自信もつきました。

――今後、どのような監督を目指していきたいと思いますか?

 これからどんどん若い監督も出てくるでしょうし、年齢に対する自意識みたいなものも、そろそろ捨てていかなきゃいけないと思っています。そして、最終的には『SLUM-POLIS』のような世界観のエンタメに戻ってきたい気持ちが強いんです。さっき、お話しした自分と日本映画界とのズレみたいなものは、知れば知るほど、分からなくなっています。でも、シンプルに、自分が面白いと思うものを作り続けていくしかないし、もしそれが受け入れられなくなったら、別のところで映像を作るしかないとは思っています。


二宮健(にのみや けん)

1991年12月17日生まれ。大阪府出身。10代から映画制作をはじめ、2015年に大阪芸大の卒業制作として発表された『SLUM-POLIS』が国内外の映画祭で話題を呼び、全国で劇場公開される。17年、原案・監督・脚本を務め、桜井ユキ・高橋一生出演『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』で商業映画デビュー。DEAN FUJIOKA、BiSHらのMVを監督するなど、ジャンルを超えた映像制作を行っている。


『チワワちゃん』

ある若者グループのマスコット的存在で、読者モデルとして人気だった「チワワ」と呼ばれていた女性(吉田志織)が、バラバラ遺体となって東京湾で発見される。彼女の親友・ミキ(門脇麦)や元彼・ヨシダ(成田凌)など、残された仲間たちは、それぞれがチワワとの思い出を語り出す。だが、そこで明らかになったのは、チワワの本名や境遇を誰も知らないまま、毎日バカ騒ぎをしていたということだった。
2019年1月18日(金)より全国公開
https://chiwawa-movie.jp/
(C)2019「チワワちゃん」製作委員会

くれい響 (くれい ひびき)

1971年東京都出身。映画評論家。幼少時代から映画館に通い、大学在学中にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。その後、バラエティ番組制作を経て、「映画秘宝」(洋泉社)編集部員からフリーに。映画誌・情報誌のほか、劇場プログラムなどにも寄稿。

文=くれい響
撮影=佐藤 亘

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