2019/02/08 17:00

長編デビュー作『誰がための日々』で ウォン・ジョン監督が香港を席巻

 介護問題やうつ病など、現在の香港社会の問題を色濃く描き、年間興収第4位のスマッシュヒットを記録し、香港アカデミー賞の3部門を受賞した『誰がための日々』。

 長編デビュー作にして、新人離れした演出が話題を呼んだウォン・ジョン監督が作品に懸けた想いを語る。

大学の講義を受けたことで
映画監督を目指す


脚本家であり、私生活ではパートナーでもあるフローレンス・チャンさんとウォン・ジョン監督。

――映画監督を目指すことになった、きっかけを教えてください。

 もともとはグラフィック・デザイナーを目指していました。でも、それを学べる学部がある大学に入ることができず、香港城市大學に入学し、メディアについて学びました。そして、たまたま(ウォン・カーウァイ監督の師として知られる)パトリック・タム監督による脚本の講義を取り、そのとき映画の面白さや素晴らしさを知ったので、自分でも映画を撮るようになりました。

――もともと、映画には興味はあったのでしょうか?

 じつはそこまで映画に興味がなくて、映画館に通ったり、作品を研究したりするような映画ファンではなく、1年に数本観る程度の普通の観客でした。家族もそんな感じだったのですが、たまたま自宅にジョニー・トー監督、製作の『暗戦 デッドエンド』『ロンゲストナイト』のDVDがあったんです。そのため、この2作だけは繰り返し観た記憶があります。

――監督の作品を手掛ける脚本家であり、私生活ではパートナーでもあるフローレンス・チャンさんとの出会いを教えてください。

 彼女とは大学の同級生として知り合い、同じパトリック・タム監督による脚本の講義を受けていました。彼女がもともと脚本家を目指していたかは措いておいて、登場人物の作り方、捉え方、理性的なストーリーの組み立て方などから、彼女には当時から脚本家としての才能を感じていました。

アクション大作の脚本家に
大抜擢!


脚本家フローレンス・チャンさんとウォン・ジョン監督。

――香港芸術発展局が主催し、ジョニー・トーが発起人となった若手映画作家養成コンペ「フレッシュ・ウェイブ(鮮浪潮)」で、11年に監督した短編『三月六日』(日本未公開)が最優秀脚本賞を受賞するなど、自主映画界で話題になります。

 大学の課題として、何本か短編を撮り、卒業後に撮った作品が『三月六日』でした。後の雨傘運動(14年)に繋がる11年に起こった小規模なデモで、実際に100人以上の学生が逮捕されたんです。そのとき、署内で行われた事情徴収を舞台に、警官とデモ隊、デモ隊とデモ隊、お互いの認識の共通点やズレが見えてくるという会話劇です。そして、「フレッシュ・ウェイブ」の審査員の一人にベニー・チャン監督がいました。

――その出会いから、13年のベニー・チャン監督の映画『レクイエム -最後の銃弾-』の脚本に参加することになります。

『レクイエム~』はラウ・チンワン、ルイス・クー、ニック・チョンという3大スターが共演したアクション超大作。タイでの長期ロケもあり、今まで自分が手掛けてきた作品とは、キャストも規模も製作費も、何もかも違いました。しかも、依頼を受けたはいいのですが、“翌日に撮影するシーンの脚本を現場で書く”というスピードが求められました。これは香港映画ではありがちなスタイルかもしれませんが、僕が大学で学んだ脚本ありきのスタイルとはまったく違う製作現場。だから、緊張するような余裕もありませんでした(笑)。

――そして、翌14年には短編オムニバス映画『GOOD TAKE!』の一編を監督。本作で商業映画監督デビューを果たします。

 フローレンスが書いた脚本を、本作のプロデューサーである俳優エリック・ツァンが気に入ってくれ、『GOOD TAKE!』を撮ることになりました。彼の息子であるデレク・ツァンはもともと出演する予定ではなかったんですが、予定のキャストがキャンセルになったことで、彼も参加することになり、それ以来、兄貴分として、いろいろサポートしてもらっています。僕は「映画とは観客に観てもらってナンボ」だと思っていたので、スタッフもキャストも全員プロのなか、商業映画を監督できたことはいい経験になりました。

“思い通りにならない人生”を描く
『誰がための日々』


――一方、13年、香港政府が新人発掘目的に企画、基金を設立した「首部劇情電影計劃」の第1弾として、『誰がための日々』が選出されます。介護うつの果て、母を亡くした青年と父親の苦悩を描くという、これまでの香港映画のイメージを覆すヘヴィなテーマを手掛けた経緯を教えてください。

『GOOD TAKE!』での経験を踏まえ、エンタテインメントでなくても、観客が何かを感じ、考える作品作りを考え、フローレンスとともにたどり着いたのが『誰がための日々』でした。綿密なリサーチのうえ、脚本の執筆のために2年を費やしました。通常の香港映画の撮影期間が45日なら、この作品は1/3の16日間。政府からの助成金200万香港ドル(日本円で約3,000万円)のほかに出資を募ることは禁止されていました。そのため、予算も時間も足りず、当初脚本に書かれていた登場人物を数人削りましたが、それでも撮るべき作品だったといえます。

――『誰がための日々』の原題は「一念無明」です。また、英語タイトルの「Mad World」の意味を教えてください。

 原題は、中国仏教で有名な、「大乗起信論」の一節から来ていますが、「どんなに悩み、考えても、人生は自分の思い通りにはならない」という意味です。これは劇中で歯車が狂ってしまった親子、兄弟、恋人など、すべての関係に当てはまることです。英語タイトルは、うつ病患者として精神科病院での入院生活を終えた主人公・トンから“狂って見える世の中”のことを指しています。

観客と対話できるような
作品を撮り続けたい


――脚本を読んで出演を快諾したショーン・ユーやエリック・ツァンらの効果もあり、『誰がための日々』はスマッシュヒット。17年の香港映画興収第4位になるほか、香港電影金像奨(香港アカデミー賞)では、新人監督、助演女優、助演男優の計3部門を受賞しました。

 10年後の香港の未来を問うた『十年』が大きな話題を呼んだことで、香港の観客が映画を観て、社会問題について深く考えるようになり、それが『誰がための日々』のヒットに影響を及ぼしたといえます。でも、『十年』は自主映画であり、『誰がための日々』は商業映画です。また、大きな配給会社が付きましたし、とにかく運が良かった作品だと思います。ただ、今観返すと、未熟な点も多く、100%は満足できていません。未熟といえる時点で、自分は成長できたと思っていますし、今後さらに理想に近い作品が撮れると思っています。

――次回作の構想、そして自身の将来の展望を教えてください。

 次回作については、フローレンスと一緒にいくつか脚本を練っています。いちばん早く制作できそうなのは、やはり香港庶民の生活を描いた作品です。ただ、『誰がための日々』ほど、リアルで重厚なタッチではありません。その方が自分としてもフレキシブルに撮るための勉強になると思っていますし、新しい観客が付くことも狙っています。今後も、観客が命や生活や社会環境を考えることができる、観客と対話できるような作品を撮れる監督を目指したいです。たとえ、中国大陸からのオファーでも、自分が撮りたいものに制限をかけられないのであれば引き受けたいと思います。


ウォン・ジョン(黄進)

1988年12月7日生まれ。香港出身。香港城市大學クリエイティブメディア学院で映画芸術を学び、2011年に卒業。短編『三月六日』が第49回台湾金馬奨優秀作品賞にノミネートされるなど、国内外で高い評価を受ける。16年の『誰がための日々』が長編デビュー作となり、アジアで最も次回作が注目される監督の一人となった。


『誰がための日々』

家を出た父やアメリカに永住した弟に代わり、寝たきりの母親を看病してきたトン(ショーン・ユー)。母が風呂場で事故死したことで、重いうつ病を患った彼は精神病院に入院。その後、退院した彼を待ち受けていたのは、父(エリック・ツァン)との狭いアパート暮らし。そして、誤解、偏見、蔑視といった世間の冷たいまなざしだった。
2月2日(土)より新宿 K's cinemaほかにて、全国順次公開
http://www.tagatameno-hibi.com/
(C)Mad World Limited.

くれい響 (くれい ひびき)

1971年東京都出身。映画評論家。幼少時代から映画館に通い、大学在学中にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。その後、バラエティ番組制作を経て、「映画秘宝」(洋泉社)編集部員からフリーに。映画誌・情報誌のほか、劇場プログラムなどにも寄稿。

文=くれい響

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