2019/02/27 07:00

「ゴスロリ雛人形」がSNSで話題沸騰 急逝した人形工芸士・後藤由香子とは

 女の子のすこやかな成長を願う「ひな祭り」。およそ1,000年も続く日本の節句行事です。お姫様とお殿様が並ぶほほえましい雛人形は、春の訪れも感じさせてくれます。

 そんなひな祭りに革命を起こした、ひとりの女性人形工芸士がいました。彼女が手がける雛人形は、これまでの印象とはずいぶんと違い、それゆえ賛否両論を巻き起こしたのです。

 若くして故人となった工芸士は、どんな想いで斬新な雛人形づくりに挑んだのでしょう。それを知りたくて、彼女が星へと旅立った地、岐阜へ向かいました。


SNSで話題となった
1年後に急逝

 この雛人形をご覧になったことはありませんか?


大胆にもゴシック&ロリータを採り入れた雛人形「Gothic(ゴシック)」。

 これは岐阜県の節句人形工芸士、後藤由香子さんが2016年に発表した、黒とグレーが織りなす雛人形。名前は「Gothic(ゴシック)」。

 その名の通り、日本の伝統工芸に現代の「ゴシック&ロリータ」の装いを採り入れた作品。

 花をあしらったヘッドピースやデリケートなレース地、壁に掲げられたファッションアイテムの数々は、どれも旧来の雛人形のイメージをくつがえすヴィジュアルです。

 大胆にして繊細なこの「Gothic」の登場に、多くの人が驚き、Twitterでは5万を超える爆発的な数のリツイートを記録しました。


節句人形工芸士、後藤由香子さん。

 さらに話題となったのが、同時期に発表された「森のウエディング」。


妖精の世界を描いたナチュラルな色合いの雛人形「森のウエディング」。

 お姫様が手のひらに乗せているのは小鳥。お殿様が手にするのは指輪。檜扇(ひおうぎ)や笏(しゃく)といった定型のお道具は存在しません。

 ここに表されているのは、ふたりの心に通いあう、やさしくゆったりとした情愛なのです。


後藤由香子さんの美意識が淡い色合いに表れている。

 正面を向くのではなく、お殿様がお姫様を見つめるディスプレイ。

 コサージュ、ブローチ、ネックレス、リング、バレッタ、イヤリングなどなど近現代のアクセサリー。

 後藤由香子さんがほどこしたおよそ300種類の雛人形は、平安時代から1,000年以上続く工芸界に革命を起こしたと言っても大げさではありません。


「妖精~Mimosa~」。

敬愛するエミール・ガレに捧げる気持ちで和紙でステンドグラスを表現した「エミールの庭」。

雪景色の美しさを表現した「Snow Bird」。

 しかし……「Gothic」「森のウエディング」など新鮮な驚きに満ちた雛人形でその名を全国に轟かせ、作家として今まさにこれからという時期だった翌年の2017年9月13日、由香子さんは卵巣ガンのため、お亡くなりになりました。享年49歳という若さでした。


入院中の後藤由香子さん。

 節句人形の製造卸問屋「後藤人形」の専務であり、夫の後藤通昭さん(50)は、往時をこう振り返ります。

「由香子ちゃんは大きな仕事を終えたのちに倒れ、病名の告知からわずか2カ月後に自宅で急逝しました。それまで前兆すらなかったんです。

 あまりにもあっという間の出来事で、 家族やスタッフはしばらく動揺を隠せずにいました。

 彼女は亡くなる前に、かぐや姫を制作していたんです。クライアントにかぐや姫を納め終えたあとだったので、本当に月に帰ってしまったかのようでした」


「後藤人形」の専務であり、フォトグラファーである夫の後藤通昭さん。

 まるで自らの命を分け与えるかのように雛人形づくりに精魂を込めた後藤由香子さん。

 今日は夫である通昭さんにお話をうかがいながら、稀代の人形工芸士の足跡の物語をひもといてみましょう。

少子化、バブル崩壊……
危機にあった人形工芸界

 長良川のほとりに位置する「後藤人形」は1945年、日本人形工芸士の後藤清峯(せいほう)さんが創業したファミリー企業。

 由香子さんは3歳の頃から祖父である清峯さんの作業場で人形づくりの様子をじっと見つめ、ときには金づちを打つ手伝いをしていたのだそう。後藤人形は、初代の頃はまだ日本人形全般をこしらえる工房でした。

 ところがその後ベビーブームが到来。節句人形の需要が「作っても作っても生産が追いつかない」ほど高まり、制作のみならず卸問屋へと業態が変化していきました。

 由香子さんは早稲田大学を卒業し、岐阜放送のアナウンサーに。夫の通昭さんは同じ放送局のディレクターでした。

 ふたりは職場結婚。由香子さんはアナウンサーを辞め、1997年、28歳のときに後藤人形の三代目として跡を継いだのです。

 岐阜放送を退職して工房を継いだ理由は「ひな祭りという文化」が衰退する危機感をいだいたからなのだそう。

「ベビーブームが去り、バブルは崩壊。少子化が進み、節句人形の業界にはあらゆる逆風が吹き荒れていました。そんななか、彼女は『ひな祭りを見直そう』と考えたんです」

 ひな祭りを見直す、とは?

「雛人形とは、初節句に娘さんの幸せを願って飾られるもの。お姫様は、お生まれになったお嬢様の将来の姿であり、お殿様は将来の旦那さん。

 それなのにいつしか15人を並べる大きな7段飾りが当たり前となり、肝心のお姫様は子どもの目線が届かない遥か上の方に飾られている。

『雛人形とはそういうものだ』というイメージができてしまっているけれど『本当にそれでいいの?』と」

 もう一度、雛人形づくりを見直し、お嬢様の幸せを願うイベントに立ち返りたい。そのためには、自分自身が作家になるしかないと考えた由香子さん。

 祖父が使っていた道具を手にし、一から職人としての修業を始めました。


「ひな祭りを見直すためには、自分自身が人形づくりをしなければならない」と考え、修業を始めた。

分業体制で製造される雛人形だが、サンプルはほとんどの部分を自分で作った。

猛反対を受けた1作目
「夜明けのシンフォニー」

 そうして最初に後藤由香子作となったのが2003年に発表した「夜明けのシンフォニー」。

 陽が昇りつつある静かな浜辺で、お姫様とお殿様が琴や笛を演奏しているファンタジックな作品です。


1作目「夜明けのシンフォニー」は物議をかもした。

「夜明けの光は小さいけれど、次第に大きな輝きとなる。ふたりが奏でるメロディが、やがては大きなシンフォニーとなる。そんなふうに、生まれてきたお嬢様の成長を願うメッセージが込められた雛人形でした」

 ところがこの「夜明けのシンフォニー」が、たいへんな物議をかもすこととなります。由香子さんにとってまさに「闘いの夜明け」となったのです。

「雛人形づくりは細分化され、一体におよそ50人もの職人が関わります。とはいえこの『夜明けのシンフォニー』は、ほとんどの工房に『こんなもん作れん』と断られました。

 雲間から光が射すように考えられた薄暗いぼんぼりも『なんだこれは』と、なかなか作ってもらえない。夜明けというコンセプトが伝わらないんです」

 童謡でも「灯りをつけましょ」と歌われるぼんぼりから照明としての能力を失わせたいという、常識はずれな注文。

 できあがってからも、職人さんは由香子さんに何度も「本当にこれでいいのか? 間違っていないか?」と電話で問い合わせてきたのだそう。

「ほかにも人形の振り付け(ポーズ決め)や着物の色の合わせ方など、とにかく細部にわたってぶっとんでいて前例がないですから。

 理解を得られず仕方がなく多くの部分を自分でこしらえたり、ミリ単位で指示を書いた設計図を見せながら職人さんひとりひとりを説得してまわったり、ずいぶん苦労をしていました」


友禅職人がやるような挿し染めも自分でやった。

 古来より伝わる雛人形づくりにとらわれない斬新な発想をする由香子さんは、職人さんたちから「無理難題娘」とあだ名をつけられるほど問題児扱いに。

 特に「袖のふちを黒くしたい」という希望には「黒だなんて縁起が悪すぎる!」と激怒され、設計図を突き返されたといいます。しかしながら、由香子さんも譲りませんでした。


「ふちを黒くする」というアイデアは「縁起が悪い」と職人さんたちから製造を拒否された。

「彼女はほわんとした雰囲気の、おっとりした女性に見えるんです。けれども実はものすごく芯が通っていて諦めない女性でした。

 特に色彩に対するこだわりと集中力はすごかった。一日中、ひと言も口もきかずに生地の色合わせに没頭していました。

 袖の重ねの順番や、選ぶ色ひとつとってもイメージが変わってくるため、妥協しません。何度も何度もテストをして、『もうこれでいいだろう』という諦めがぜんぜんない人でしたね」


色彩に対するこだわりは強く、着物の生地を重ねる順番を考えるだけで1日を費やした。



 由香子さんは学生時代、カラーセラピストを目指して勉強していたほど、色に対する知見が豊かでした。

 愛と情熱を傾け、研ぎ澄まされた色彩感覚でこれまでにない優美さを演出してきた由香子さんの雛人形づくり。それにもかかわらず理解されるのには、ずいぶんと長い時間を要しました。

 工芸界が由香子さんの雛人形を認めたのは、2008年に「織部」という作品がイタリア、フィレンツェの世界遺産「ヴェッキオ宮殿」に展示されて、やっとのことだったそう。


焼き物の質感を採り入れた「織部」がイタリア、フィレンツェの世界遺産「ヴェッキオ宮殿」に展示され、由香子さんへの評価が高まった。

子どもを授かれない悩み
「雛人形に我が子のような愛情を」

 こうして次第に周囲の理解が深まり、商売的にも安定し始めた47歳の頃、由香子さんにある心境の変化がおとずれたのだとか。

「由香子も僕も悩んでいました。雛人形を作りながらも、自分たちの子どもを授かれなかったことに。

 そんななか彼女は『売れないかもしれないけれど、自分の子どもを産んで育てる気持ちで、100%の愛情を注いだ雛人形を作ってみたい』と言ったんです。

 これまでもすべての商品に魂を込めていたのですが、会社を背負っているプレッシャーもありました。

『横浜人形の家』で展示会が開かれるなど作家として認められた今、『これから、いつまで新作を作り続けられるか』と、ふと思いを馳せたようです。

 僕は『今日まで頑張ってきたんだから、もう、自分の好きにやってみたら』と伝えました。なにより僕自身が、彼女が自由に作った雛人形を見てみたいという気持ちでした」

 そうして、たががはずれたかのように思う存分、自分の世界に挑んだのが、おおいに話題となった「Gothic」だったのです。


由香子さんは「商業ベースに乗らないかもしれないが、自分たちの子どもを育てる気持ちで雛人形を作ってみたい」と語った。そんな気持ちのなかで誕生したのが「Gothic」。

「彼女自身がコスプレをしていたわけではないですが、ほぼ黒で構成してゆくゴスロリファッションに強い関心を示していたんです。

 そしてよく観ると、細かい工夫がたくさんあります。黒を基調としながらも不吉にならず温かみを感じられるように、髪を茶髪にしていたり、黒地に黄色い糸を入れて『暖色の黒』にしたり。

 後藤由香子20年間の集大成と呼べる雛人形になりました」


黒地にさまざまな色の糸を這わせ、豊かな色合いを生みだしている。茶髪である点も斬新だ。

「売れないかもしれない。でも思いのたけをすべて注いで、全力で雛人形を作りたい」

 そう念じて制作に打ち込んだ「Gothic」は、SNSで猛烈な拡散を見せ、「後藤由香子の代名詞」と胸を張れる大ヒット作となりました。

 そしてその事実に驚いたのは、ほかでもない、由香子さん自身だったのです。

「驚きました。はじめて注文をくださった方は、なんと男性だったのです。さらに続くオーダーは、お子さんがいるご家庭ではありませんでした。

『初節句でなくとも、大人がご自分の部屋に飾るために雛人形を購入するなんてことがあるんだ』と、作り手である彼女自身がビックリしていましたね。

 僕も『ヒットなんて狙って起こせるものじゃない。作家が本当に自分がやりたいことをとことんやるから、人の心に響くんだ』と実感しました」

 由香子さんは「Gothic」をきっかけに、短期間に数々の名作を生みだしました。

 それは顧みれば、職人として、作家として、最後の炎を燃やす時期なのだ、月へ帰る時間が迫っているのだと、察知していたからかもしれません。

早逝した天才人形工芸士を偲ぶ
数々のプロジェクト

 今、故人を偲び、さまざまなプロジェクトが進んでいます。ひとつは由香子さんが遺した雛人形の着物を、正絹金襴を用いた十二単ふうのドレスに再現するプロジェクト。


由香子さんが遺した雛人形の着物を十二単ふうのドレスに再現するプロジェクトが進んでいる。

 手がけるのは、由香子さんの雛人形の着物を特注で織っていた西陣織の老舗「誉勘商店」。

 はじめは由香子さんの個性的な依頼に抵抗を示していたものの、のちに最大の理解者となった京都の誉勘商店が、後藤由香子ワールドを等身大で鑑賞できるよう、急ピッチで制作にいそしんでいます。

 そしてもうひとつ、これまで由香子さんが手がけてきたすべての雛人形を撮影し、さらに雛人形のモデルとして由香子さん自身にレンズを向けてきた夫・通昭さんの写真展「Yukako Goto」が開かれます。

 初めての、夫婦でのコラボレーション展です。ここには、前述した十二単ドレスも展示されることになっています。

後藤通昭 写真展「Yukako Goto」

会場 FMエキシビジョンサロン銀座
会期 2019年2月27日(水)~3月5日(火)
所在地 東京都中央区銀座6-4-7 いらかビル1・2F
開館時間 10:00~17:00(最終日 10:00~15:00)
http://frameman.co.jp/fmginzasalon.html



「思えば由香子ちゃんが亡くなってから、まともに取材を受けたのは今日が初めてです。たぶん昨年だったならば、僕はお話ができるような精神状態ではなかったでしょう」

 夫の通昭さんは今、写真などを通じ、由香子さんが遺した望みを後世へ伝えようと努めておられます。

 49歳という若さで夭逝した後藤由香子さん。桃の節句の日にはぜひ、雛人形を愛でながら、伝統と現代のはざまで闘ったひとりの人形工芸士がいたことを思い出してくださいね。


後藤人形

http://www.gotodolls.jp/


吉村智樹(よしむら ともき)

京都を拠点に西日本を旅しながら取材するフリーライター兼放送作家。テレビ番組「LIFE ~夢のカタチ」(ABC)を構成している。関西版「VOW」3部作(宝島社)をはじめ、近著に『ジワジワ来る関西』(扶桑社)や『恐怖電視台』(竹書房)がある。
Twitter:@tomokiy

文=吉村智樹
撮影=後藤通昭



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