2019/04/30 11:00

イスラム文化が薫るスペイン北東部へ アラゴン州の旅はエキゾティック!

 世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、交替で登板します。

 第207回は、大沢さつきさんがスペインのアラゴン州を旅します。


岩に包まれた修道院で
厳かな気分からスタート


素朴ながら丹念に、精巧につくられたサン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院。岩壁に隠れるかのように立つその姿は、イスラム教徒との戦いの厳しさを思わせる。

 見どころが多様でゴハンもおいしいスペインは、人気のデスティネーション。今回はイベリア半島の北東部に位置するアラゴン州に出かけた。

 最初に訪れたのは旧「サン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院」。道中、ピレネーの山々を見晴らしながら、山深い奥地へと分け入る。清澄な空気があたりを包む。


フランス国境でもあるピレネー山脈。この山々が、イスラム教徒のフランス侵攻を防いだともいわれる。イベリア半島の国々からすれば、ピレネーを背にイスラムと闘ったということに。

 と、山道から見上げると、張り出した岩壁に押し込まれたような修道院が見えてくる。ガッチリと岩で守りを固めたようにも見える修道院だ。

 この修道院のもととなる教会は、10世紀にモサラベ様式で建てられたのだそう――モサラベ様式とはイスラム統治下のスペインにあって、イスラム文化の影響を受けながら生まれたキリスト教の美術のことだ。

 こんな北のピレネー地方までイスラム勢力に押し込まれていたとは……。改めて世界史の授業で習った「レコンキスタ(国土回復運動)」が、スペインにとってどれだけ重要なことだったかを思い知る。


回廊は修道院の中でも重要なもののひとつだが、何千トンもする岩を屋根にしたこの回廊は特異。でも不思議と落ち着く空間であるのも事実だ。

 この修道院の圧巻は、ロマネスク様式(10世紀末~12世紀のキリスト教美術様式)の回廊だ。張り出した岩を屋根に、静謐な山の空気に包まれながら瞑想に励んだであろう中世の修道士たち。

 そしてこの修道院は、当時レコンキスタの中心のひとつであったアラゴン・ナバーラ王国歴代の王の霊廟も担っていた。フランスから来た修道士たちも多かったと伝わるほど殷賑を極めていた。

 なんかこう、キリスト教最前線。「イスラム教にピレネーは越えさせん」そんな思いが伝わってくるような感じだったのだろうか。


この修道院の柱頭彫刻は独特の余白があることで知られる。アダムとイヴの物語から、キリストの復活など、じっくり見ていくとクリスチャンでなくとも分かるシーンがたくさん表現されている。

 でも……そんな緊張感とは裏腹に。3頭身で表現された柱頭彫刻の聖人たちの愛らしさに、ほっこりとした気持ちにもさせられる。

 この“ほっこり”感がロマネスク美術の魅力のひとつではあるのだけれど、癒しの力も大だ。

 そして、この修道院には数々の伝説や史実も遺されている。

 ひとつは「聖杯伝説」で、最後の晩餐に使われたとされる宝石をちりばめた聖杯が、この修道院に伝わっていたのだとか。史実としては、イベリア半島で初めて「ローマ典礼」が行われた歴史上の場所でもあるのだそうな(それまではモサラベ式で行われていた)。

 そのスゴさに関しては残念ながらあまり実感が湧かないものの、さまざまな逸話をもつほどたいそうな修道院だったのだということは推しはかれる。

 修道院がもたらす敬虔な心持ちと、ロマネスクの柱頭彫刻の温かみとを胸に、次なる目的地ハカへと向かう。


3つの内陣祭室は独特で、天然の岩にはめ込まれたアーチが美しい。この修道院は重層的なつくりで、この祭室の下にもスペイン最古の礼拝堂などがある。

サンティアゴ巡礼の拠点のひとつ
ハカの街


ピレネー登山やスキーなどの拠点でもあるハカの街にはアウトドアスポーツのお店もたくさんあり、アウトレットもあるのでちょっと楽しい。

 ハカの街はピレネー山脈の山あいにあるアラゴン王国が築いた城塞都市だ。11世紀末まで王国の首都として機能し、当時から「サンティアゴ巡礼」ルートの拠点のひとつだった。

 そういえばこの「サンティアゴ巡礼」はレコンキスタとも連動している。レコンキスタの勢いが増すごと、サンティアゴへの巡礼者がヨーロッパ中から集まってきた。

 また、サンティアゴ(聖ヤコブ)はキリスト教国の守護聖人で、イスラム教徒との闘いに向かう兵士たちは“サンティアゴ”と叫びながら突撃していったとか……日本でいうところの八幡信仰“南無八幡(ナムハチマン)”みたいなものだったかと思われる。

 ハカの大聖堂の入り口の柱には、巡礼者たちが触れたことでできた窪みが見られる。その窪みの深さを見ると、どれだけ多くの巡礼者が道中のよすがに、ハカの大聖堂を訪れたかがわかる。


大聖堂の西にある「荘厳の入り口」。扉上のアーチに囲まれたタンパンに施された装飾は、象徴的かつ重要な意義あるものとされた。左の柱下にあるのが、巡礼者たちが触れたことでできた窪み。扉を囲むアーチの最外周にチェックが施されているが、これは“ハカチェック”といわれ、巡礼のシンボルであるホタテの代わりに使われている。

 大聖堂に付随する美術館には、ロマネスク当時の壁画がいろいろ展示されている。

 色鮮やかに祭壇や壁面を彩るフレスコ画は圧倒的だが、さすがロマネスク、ふんわりと包み込むようにその世界に引き込んでくれる。いや、それにしても見事。


美術館にあるフレスコ画のこの一部は、「スーザンの叫び声」と呼ばれている。表現力といい彩色の美しさといい、何百年もの時を経ているとは思えない美しさだ。

十字軍の映画のロケ地にもなった
ロマネスクの城へ


ロアーレ城遠景。円塔をもつ城壁が2重に城を守っているのが見える。

 次に向かったのは、ハカから南へ約70キロ。美しいロアーレ城だ。

 このお城はオーランド・ブルーム主演、十字軍のストーリーを描いた映画『キングダム・オブ・ヘブン』のロケ地としても使われた場所。

 緑豊かな平原を睥睨する丘に立つ城は、たしかに絵になるし、なんかこう“王国、キングダム!”って感じがする。そのままな印象ですが……。


中世のイメージ通りのロアーレ城。ていねいな修復作業もあり、ヨーロッパでも有数の美しい城のひとつとされている。

 で、このロアーレ城は11世紀後半、対イスラム教徒のための要塞として建てられるも、あれよあれよと最前線が南下したので、転じて王立修道院に寄贈されたという場所。城の中にはサンタ・マリア教会もあり、とにかく広い。

 アラゴンの三大ロマネスク建築のひとつということで、見るべきもの多し。ちなみに後のふたつは「サン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院」と「ハカの大聖堂」。


入り口上を見上げれば“ハカチェック”の装飾。このお城もまたサンティアゴ巡礼のランドマークになっているようだ。

 お城は3層構造プラス塔なので、ぐるぐると回るだけでも見応えがある。

 屋上などは修復されていないので廃墟な雰囲気なのだが、それがまた旅情を誘い、石段を駆け上がってくる甲冑姿のオーランド・ブルームが目に浮かぶような……。


ロマネスクのマリア様はイエス・キリストを膝に乗せたこの状態で表現される。だから“椅子のマリア”と呼ばれているのだそうな。

2階にある礼拝堂はかなり広い。細い窓はアラバスター(雪花石膏)がはめ込まれ、柔らかな薄明かりが取り込まれる。

 妄想から離れて、次は東。やはりピレネーの麓、レコンキスタ最前線の街、アインサへ。ここもまたロマネスクの香り漂う中世の美しい街だ。

アラゴンが誇る
スペインの最も美しい村々へ


街の西にある城壁上から見たアインサ。サンタ・マリア教会の鐘楼とマジョール広場が見える。

 最近日本でも知名度の上がってきたスペインの「最も美しい村」。14の村から活動をはじめ、2019年現在68の村が加盟している協会だ。

 村の規模や文化財の有無などの条件を満たした上で、審査され登録された村々。アンダルシアの白い村なども登録されていて、美しい村巡りも行われている。

 毎年秋、スペインの有力紙「EL PAIS」社では、これらの村のランキングを発表。2018年、このアインサは第4位だった。
 
 人口1,500人ほどの小さな村アインサは城砦をもち、石づくりの中世の街並みが美しい。

 くわえて準ピレネーの岩山であるペーニャ・モンタネーザの眺望も素晴らしく、まさに時を超えてあるような「最も美しい村」のひとつだ。


展望台のひとつからは岩山のペーニャ・モンタネーザの絶景を見ることができる。

 アインサは小国の首都だった街で、イスラム教徒の砦だった村アルケサルと対峙している。いまはキュートな中世の街も、かつてはレコンキスタの前線基地だったのだ。


スペインの中でも可憐さで1、2を争うアインサのマジョール広場の様子。

 アインサは小1時間も巡れば、村全体を見ることができるスケール感。その小ぢんまりとした感じにツーリストは癒されるのだが、実はおいしいゴハンも食べられる。

 何気ないレストランに入って食べた料理が、文字通り舌をまくほどおいしいという。さすが美食の国なのだった。


こちらはアラゴン州の名産「ハモン・テルエル 」。白豚のハムだが、いわゆるハモン・イベリコよりもあっさりしてる感じ。それにしても加工肉食品のおいしさは、さすが。

 アインサに対峙していたのがアルケサル。アラビア語の冠詞“アル”がつくこの村が、イスラム教徒の砦だったわけで、レコンキスタの結果、キリスト教国がこの地を奪還した。

 地図で位置関係を見ると、壮絶な闘いに思いがいく。中世も中世、11世紀前後の闘いは、いったいどんなだったのだろうか。


崖の上に立つアルケサル。高いところにあるのが参事会教会で、台形をした回廊、ロマネスクの見事なキリスト像がある。

参事会教会回廊の柱頭彫刻にもほっこり。赤の彩色が残っているのが印象的だ。

 このアルケサルも「スペインの最も美しい村」加盟。

 お天気のせいもあってアインサよりも暗いイメージに見えるが、ぐるぐると回っていると面白い光景にさまざま出会える。アインサが可愛い村なら、アルケサルは好奇心がそそられる村といえるかもしれない。


こんな二股な家。面白すぎるでしょう。

アインサも高台の村だが、アルケサルのほうが高低差を感じさせるつくり。気の向くままに路地を行く楽しさがある。

 アラゴン州はこうした美村の宝庫なのだが、2018年だけでなく度々「スペインで最も美しい村」の第1位に輝くアルバラシンもこの州の南にある。

 アインサやアルケサルとは違いキリスト教徒vsイスラム教徒の闘いではなく、アラゴン王国に併合されるのを拒んだ歴史が長いらしい。もちろん“アル”がつくので、もともとはイスラム教徒が興した村だ。


アルバラシンの街並みもまたアインサとも、アルケサルとも違う趣で魅力的。

 断崖の街に細長くつくられたアルバラシンは街全体がピンク色をしているので、“バラ色の村”ともいわれる。村の家を建てるのに使う界隈の土の色によるもので、この色がまた人気の秘密だ。

 そしてアルバラシンはまた、建物の構造が独特なことでも知られる。

 土地の限られた断崖の地に発展すべく、上に行くほど大きくなる家というなんとも不安定ながら、興味をそそられるつくり。

 3つの美しい村を見比べただけでも、それぞれに趣が違い面白い。「最も美しい村」はスペイン全土にあるので、ひとつひとつ回ってみるのも楽しそうだ。


下層から梁をはみ出させ、上層を広く取る構造。この繰り返しでつくり上げられたアルバラシンの街並みは、ちょっと不思議。

ふたつの宗教文化が融合した
ムデハル様式にもの思う


ムデハルの街と呼ばれるテルエルには、世界遺産に登録された4本の塔がある。

 最後に訪れたのは、アルバラシンから30分ほどのテルエル とアラゴンの州都であるサラゴサ。

 今回は中世スペインの一大事であるレコンキスタを追いながらの訪問だったが、ラストはムデハル様式。

 レコンキスタ後もイベリア半島に残ったイスラム教徒の建築様式と、キリスト教の建築様式とを融合したムデハル様式を堪能する。


ムデハル様式の塔は、美しい陶器の装飾とエキゾティックな幾何学模様が特徴。異彩を放つ4本の塔が、テルエルの街を彩る。

 一概には言い切れないことだが、レコンキスタを経てなおイスラム文化への尊重を保ったムデハル様式の建築物というのは、スゴいことだと思う。

 “坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”とはならなかったのか。レコンキスタ後、融合とはいえイスラム文化を受容する度量は大したことじゃなかろうか。

 それほどイスラム文化が素晴らしかったからかもしれないし、それほどキリスト教徒に寛容さがあったからなのかもしれない。

 正解は解明できないが、素晴らしい文化的融合であることだけは間違いない。テルエルに遺るムデハル様式の建築物を見て、そんなことを思った。


テルエルの大聖堂のクーポラを飾るキリスト教的なゴールドと石の装飾と、エキゾティックな天井を彩る木材に彩色の絵画。

スペインの中でも重要な建築のひとつであるピラール大聖堂を望む。

 そして、アラゴンの州都であるサラゴサへ。この街には大聖堂が2つある。

 スペインで布教活動をしていたサンティアゴの前に現れた、柱の上に立つ聖母マリアの伝説を起源とするピラール大聖堂。もうひとつは、ロマネスク様式~新古典様式までを集約させたサン・サルバドル大聖堂。通称「ラ・セオ」だ。

 ピラール大聖堂には若きゴヤが手がけた天井画なども残り、もちろん見るべき大聖堂なのだが。今回は「ラ・セオ」。その後陣外壁と塔のムデハル様式に注目した。装飾の細やかさは、圧倒的だ。


ラ・セオ大聖堂のムデハル様式の外壁。テルエルの塔も素晴らしかったが、この幾重にも組み合わされた幾何学模様の装飾はひときわ異彩を放つ。

円筒形の見張り塔を備えた城壁に囲まれたアルハフェリア宮殿。

 旅の締めくくりに訪れたのは、サラゴサの「アルハフェリア宮殿」。この宮殿は11世紀、アラブの城として建てられた後、アラゴン王による改築がなされた。

 そしてレコンキスタを完遂したカトリック両王、カスティーリャのイサベル女王とアラゴン王フェルナンド2世の居城にもなった宮殿だ。


アラブの城当時の王室礼拝堂。右奥にメッカに向かって設けられるミフラーブがある。

 1階にあるアラブの王室礼拝堂の装飾も見事なら、2階の玉座の間の格天井の壮麗さにも目を奪われる。

 そしてここでは宗教裁判も行われたのだが、少なくともイスラム建築の一部を壊すことなく遺している。


アルハンブラ宮殿を彷彿させる中庭。

 アンダルシアではなく、北スペインのアラゴンで、これほどのイスラム建築を目にすることの驚き。この宮殿の細工、装飾はグラナダの「アルハンブラ宮殿」のモデルになったといわれる。

【取材協力】
アラゴン州観光局

https://www.turismodearagon.com/

スペイン政府観光局

https://www.spain.info/ja/

大沢さつき(おおさわ さつき)

大好きなホテル:LAPA PALACE@リスボン
大好きなレストラン:TORRE DEL SARACINO@ソレント
感動した旅:フィリピンのパラワン島ボートダイビング、ボツワナのサファリクルーズ、ムーティ指揮カラヤン没後10周年追悼ヴェルディ「レクイエム」@ウィーン楽友協会
今行きたい場所:ナミブ砂漠
ブログ https://tabi-travell.com/

文・撮影=大沢さつき



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