2019/07/06 17:00

特別対談 近田春夫×矢野利裕 ジャニーズの本質は「踊り子」である

 2019年2月、近田春夫の綴る週刊文春の長寿連載「考えるヒット」から興味深い書籍が誕生した。

『考えるヒット テーマはジャニーズ』(スモール出版)。タイトル通り、ジャニーズ事務所に所属するアイドルたちの曲を扱った、神回ならぬ「ジャニ回」を抽出してまとめたスピンオフ的な一冊である。

 その出版を記念し、ジャニーズ事務所が60年近くにわたって生み出してきた音楽をめぐって1951年生まれの近田氏と語り合うのは、2016年に『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)を上梓した1983年生まれの矢野利裕氏。

 32歳違いのトークをお楽しみあれ!


▼talk01
ジャニーズとの出会いの記憶


左から:矢野利裕氏、近田春夫氏。この対談が初対面の機会となった。

――まずお二方のジャニーズとの出会いから話していただけますか?

近田 何度も書いているけど、最初のジャニーズができる前、フジテレビで日曜の昼間に「森永スパーク・ショー」(1962~63年放送)っていうポップスバラエティみたいな番組をやっていたんですよ。

 その中に一般のお客さんを入れて踊るシーンみたいなのがあって、実際はみんな仕込みなんだけど、その中にひとり、長沢純(元祖男性アイドルグループ、スリー・ファンキーズの元リーダー)に顔の似たやたらめったら踊りの上手な人がいて、とにかくその人に目が行っちゃうわけ。いまだに忘れられないぐらい。

 後日テレビで、ジャニーズっていうグループがデビューすることを知ったときに、「あっ、あの『スパーク・ショー』で踊ってた人じゃん」って。それが真家ひろみさんだったの。

――そのとき初めてジャニーズというものを認識されたんですね。

近田 そう。ジョージ・チャキリスが出ていた映画『ウエスト・サイド物語』(1961年公開)が一世を風靡した時代で、ジャニーズもあの雰囲気の踊りをやる人たち、という印象だった。僕にとってはそれ以上でも以下でもなかったね。

 というのは、自分は小学生ぐらいのころからロックっぽい音楽が好きで、ミュージカルみたいなものは趣味じゃなかったから。ああいうものは女子系みたいに思っていた。

――そんな近田さんが興味を持ち始めたのは?

近田 そのあとエレキブームが起こって、GS(グループ・サウンズ)全盛のころに日本テレビで「プラチナゴールデンショー」(1966~71年放送)という番組があったんですよ。

 僕は寺内タケシとバニーズを見たくて見ていたんだけど、レギュラーにフォーリーブスもいたもんだから、趣味じゃないけど見ていたの。「子役で出ていた江木俊夫じゃん」とか思いながらね。

 フォーリーブスの最初のころに、永田英二って人がいてさ。小学生だったから児童福祉法に触れるとかですぐに脱退しちゃって、代わりに青山孝が入ってデビューしたんだけど、とにかく永田が歌も踊りも天才的だったんだよ。そこで初めて興味を持った。

 フォーリーブスってCBS・ソニーレコードの邦楽最初のタレントだったよね。

矢野 そうです。

近田 その最初の曲(「オリビアの調べ」1968年)がつまらない曲で、がっかりしたのを覚えているよ。そのころ永田英二がハイソサエティーというバンドのメンバーになって、交流というほどじゃないけど、なんとなく付き合うようになった。

 ただ、俺はどこまで行ってもジャニーズ側じゃなくてGSとかロック系だから、あくまでも冷めた目で見ていましたよ。

――近田さんよりかなり下の世代の矢野さんはどうですか?

矢野 幼稚園のころ光GENJIが大ブームで、家にローラースケートがあったのを覚えています。あと小学校の3年生ぐらいだと思うんですけど、お遊戯でSMAPの「$10(テンダラーズ)」が選曲されていて、いい曲だなと思いました。

近田 俺にとってはついこないだの話だよ(笑)。

矢野 小学生のころは、同時代の流行音楽の中でいい音楽、みたいな感覚で聴いていました。

 中学校に入って洋楽を聴き始めると、日本の音楽からはちょっと離れたんですけど、10代後半になってレア・グルーヴやフリー・ソウルみたいなものにはまっていく中で再び出会ったんです。小沢健二とまったく同じで、子供のとき流行りものの中ではいい音楽と思って聴いていて、あとからより深いところで再会するという。

 それから昔のレコードを集め出して、歌謡曲も手あたり次第に聴いていく中で、郷ひろみとか少年隊とか、ジャニーズの音楽にはいいのが多いなとはぼんやりと思っていて。で、本格的に調べ始めて、網羅的に聴いて、今に至るという感じです。

 世代が嵐と同じなんですけど、例えば櫻井翔くんはヒップホップが好きだったりして、自分と同じような感覚を持ったままでアイドルになっている人がいるんだな、という親しみも感じていました。

ジャニーズにとって
歌は仮歌みたいなもの?


フォーリーブスが1976年に発表したシングル「踊り子」。ジャニーズのさまざまなグループによって歌い継がれている名曲である。左から、北公次、おりも政夫、江木俊夫、青山孝。

――世代がまったく違うお二人が惹かれたひとつの伝統を、今日は深掘りしていきたいと思っています。近田さんの『考えるヒット テーマはジャニーズ』にはジャニーズの音楽の伝統、カラーといった言及が何度もありますが、そうした見方をするようになったのはいつごろですか?

近田 いつだろうね。今はどうか知らないけど、70年代のジャニーズって、同じ外国の曲とかを何代にもわたってカヴァーしていたんだよ。代替わりをしても歌い続けて、その感じがずっと共通していた。

 あと、みんな声質が似ているんだよね。

 それともうひとつ、これは何かに書いたかもしれないけど、初代ジャニーズは置いといて、フォーリーブス以降のグループは、メンバーの顔が必ず北公次、おりも政夫、青山孝、江木俊夫の4人の誰かの系統にはまるのよ。ジャニーさんの好みなんじゃないかと思うんだけど。

 あと、あの事務所は、青山孝はちょっと違ったけど、やっぱりみんな踊りじゃん。で、歌は仮歌みたいな感じなんだよ(笑)。ロックの人みたく変に英語っぽく歌ったりしなくて、学校でみんなで斉唱するときの歌い方。あんまりハモらないしね。

 不自然な歌い方で当たったのは木村拓哉だけじゃない? 俺の推測ではブラザー・コーンの影響だと思うんだけど。

矢野 (笑)。

近田 みんな素直に、飾らないで歌うから、歌詞が聞き取りやすいのよ。あのまっすぐに歌う感じは、ある世代以降のジャニーズのアーティストにずっと共通している。

 今も基本的にはそうだよね。ハモっていてもハモっているようには聞こえない、みたいな感じ。よく中居(正広)くんの歌をヘタだっていうけど、ジャニーズはみんなあれだよ。そこらへんにずっとある共通性を感じてきたのかもしれません。

――矢野さんはどうですか?

矢野 僕の場合は先にブラックミュージックっていう枠組みがあって、そこから逆算していったときに、歌謡曲の中では妙にジャニーズが引っかかってくる、みたいな印象が最初なんです。

 郷ひろみや田原俊彦ならディスコだし、フォーリーブスは初期は衣装も曲調もGS的だったりしますけど、70年代になる頃にはフィンガー5っぽくなっていたりとか。

 近田さんが今「踊りじゃん」とおっしゃいましたけど、ダンスミュージックという意識がある。それをずっと続けていたのがジャニーズっぽさなのかなと。

 そうすると歌はもうちょいひねってもよさそうなのに、あくまでまっすぐ健康的に歌っているという、そのちぐはぐさが面白いなと思います。

近田 健康的だよね。あれがいいんだよ。

矢野 ソウルだしディスコなのに、すごくさわやかですよね。

近田 小学生みたいな歌い方でさ。

矢野 あとラテンっぽいノリも、昔は歌謡曲にいっぱいあったと思うんですけど、最近はなくなってきましたよね。

 でもジャニーズは定期的に出してくる。南半球への目配りがすごく大事だな、いいなと思ってます。

「自意識のなさ」に惹かれて


57年にもおよぶジャニーズ事務所の歴史をめぐり、白熱した議論は続く。

――お二人の著書を読んで大きく共通するなと感じたのが、今、矢野さんが言った「ダンスミュージック」という視点なんですが、矢野さんから近田さんに訊いてみたいことって何かありますか?

矢野 本の中で、彼らの歌の自意識のなさを繰り返し指摘されていますよね。ジャニーズの芸能はやっぱりショーアップされたものだと思うんですけれども、「見世物」であるということは音楽性にも関係していると思いますか?

近田 どうなんだろうね。その答えになっているかどうかわからないけど、僕の場合、ジャニーズはロックやフォークみたいなものに対するカウンターっていう見方をずっとしてきたんですよ。

 時代が変わって、今はアルバムに自分の作った曲を入れる人もいたりするけど、基本的にはお仕着せというか、作家が作った曲を歌っているわけじゃない。

 例えばGSの人たちはさ、作家が作ったものを演奏しながらも、どこかに不満や反発を秘めていたのに対して、そういう自身のポジションに対する批評性みたいなものが、ジャニーズの人たちにはないんだよね。

 あくまで与えられたものを表現する、ということに対して迷いがない感じ。そこが僕はある時期からすごく面白くなって。そうじゃないとできない表現ってあるじゃないですか。

矢野 すごくわかります。

近田 それを最初に強く思ったのは、ジャニーズ時代の郷ひろみだよね。純粋に音楽的なことで言うと、郷ひろみと筒美京平の関係がなかったら、そこまでその後のジャニーズに対する興味は湧かなかったかもしれないな。

 あともうひとつ、当時の郷ひろみの曲って女性作詞家が多いんだよ。岩谷時子とか安井かずみとか有馬三恵子とか。女の人が詞を書くんだけど、やたらとひどい男の話ばっかり(笑)。

 それを郷ひろみがまったく自意識なしに、何も考えずに歌っている感じっていうの? そこからジャニーズの音楽は面白いなと思うようになったんだよね。

 それまではダンスのフォーメーションとか、ステージの面白さを見ていたんだけど、作家と表現者の関係みたいなものの面白さがジャニーズの音楽にはすごくあるなということに、あのころ気づいた気がする。

 当時は言語化できていなかったけど、今考えるとそういうことだったんじゃないかな。

talk02に続く


『考えるヒット テーマはジャニーズ』

著・近田春夫
本体1,600円+税 スモール出版


近田春夫(ちかだ はるお)

1951年東京都生まれ。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。80年代以降はビブラトーンズなどを率いてバンド活動を続ける傍ら、タレント、ラジオDJ、作詞・作曲家、CM音楽作家など多彩に活躍する。86年にはプレジデントBPMを名乗って日本語ラップの先駆者となり、87年には人力ヒップホップバンドのビブラストーンを結成。96年からは週刊文春で「考えるヒット」を連載。現在は、元ハルヲフォンのメンバー3人による新バンド「活躍中」として活躍中。2018年10月には、ソロアルバム『超冗談だから』をリリース。12月には、OMBとのユニット、LUNASUNのアルバム『Organ Heaven』が発売された。


矢野利裕(やの としひろ)

1983年東京都生まれ。批評家、ライター、DJ。東京学芸大学大学院修士課程修了。2014年、「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と二十一世紀』(おうふう)、単著に『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」』(垣内出版)、『コミックソングがJ-POPを作った 軽薄の音楽史』(Pヴァイン)がある。

構成=高岡洋詞
撮影=山元茂樹



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