2019/07/24 17:00

特別対談 近田春夫×矢野利裕 TOKIOはバンドとして秀逸である

 2019年2月、近田春夫の綴る週刊文春の長寿連載「考えるヒット」から興味深い書籍が誕生した。

『考えるヒット テーマはジャニーズ』(スモール出版)。タイトル通り、ジャニーズ事務所に所属するアイドルたちの曲を扱った、神回ならぬ「ジャニ回」を抽出してまとめたスピンオフ的な一冊である。

 その出版を記念し、ジャニーズ事務所が60年近くにわたって生み出してきた音楽をめぐって1951年生まれの近田氏と語り合うのは、2016年に『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)を上梓した1983年生まれの矢野利裕氏。

 32歳違いのトークをお楽しみあれ!


▼talk03
ジャニーズ低迷期からの復活


左から:矢野利裕氏、近田春夫氏。ともに、ジャニーズへの造詣の深さにおいては人後に落ちない。

――70年代後半の低迷期を、1980年の田原俊彦のデビューに始まるたのきんトリオの快進撃で一気に脱出しましたね。

近田 俺は3人とも知らなかったんですよ。ドラマ(TBS系「3年B組金八先生」1979年)も見ていないし。ただ、ポニーキャニオンでトシちゃんを担当していたディレクターの羽島(亨)が、たまたま俺の大学の後輩かなんかだったもんで、声がかかったの。

 当時はジャニーズも低迷期だから、ドラマで盛り上がった子のアルバムを出しますなんて言っても、いい書き手がなかなか集まってくれないわけ。だから俺なんかが書いているんだよ。「田原と近田春夫のパンク・ジョーク」なんておしゃべりを入れたりとかさ。

 そのときはジャニーさんとメリーさんが、俺が仕事していたスタジオに二人で来て「こういうのを書いてほしい」って。どのぐらい低迷していたかわかるでしょ(笑)。

矢野 あの天下のジャニーさんが。

近田 トシちゃんみたいな能天気な感じの明るさって、それまでのジャニーズにはなかったんだよね。どこか陰りがあったりとか、訳ありだったりとか、いろんな意味で怪しかった。そういう部分を彼の出現が払拭したというかね。それはたのきん全員、スタートが歌じゃなくてドラマだったのも関係あるかもしれないけど。

矢野 マッチ(近藤真彦)って山下達郎が作編曲を手がけた「ハイティーン・ブギ」(1982年)を歌ったじゃないですか。当時はどんな受け止められ方をしたんですかね?

近田 俺はそのときの印象があんまりないんだよね。

矢野 山下達郎の曲っぽくはないですよね。

近田 違うでしょう。KinKi Kidsの「硝子の少年」(1997年)もそうじゃん。どっちかっていうとジャニーズのタレントに寄せて作った感じだよね。

矢野 当時の記事を読むと、ジーンズとかスニーカーが不良とか反抗の象徴みたいに言われていて、マッチってそうなんだ、と思いましたけど。

近田 トシちゃんがフワフワしてカラフルな感じだったから、なるべく違うカラーにしたかったんだろうね。硬派な感じというか。うまく棲み分けできたよね。

――その後、シブがき隊、少年隊、光GENJI、男闘呼組など続々デビューしましたが……。

近田 そのへんはアーティストのキャラよりも、楽曲の面白さとかローラースケートとかの印象が強いんだよね。それだけ曲が充実していたんじゃないかな。忍者とかもさ。

矢野 忍者のデビュー曲(「お祭り忍者」1990年)は美空ひばりでしたね。

近田 そうそう。「お祭りマンボ」をアレンジしてね。

矢野 で、「おーい! 車屋さん」(1991年)のB面は笠置シヅ子。「ヘイヘイ・ブギー」をもじった「ヘイセイ・ブギー」でした。

近田 よく知ってるね!

矢野 どういうセンスなんだろうって。聴いたらジャネット・ジャクソンみたいだし。

TOKIOは和製モンキーズ?


近田氏は1951年生まれ。ジャニーズで同年生まれのタレントには、フォーリーブスの故・青山孝がいる。

近田 まぁ、やっぱりSMAPだよね、今の流れを作ったのは。さっきも言ったけど、あそこで大きく変わったと思う。

矢野 SMAP以降で気になった人って誰がいますか?

近田 TOKIOがね、バンドとしていいと思ったよ。音に個性はそんなにないけれど、歌いながら演奏して、一方で普通のタレントさんみたいなことをやる。そこはもうちょっと世間はリスペクトしてもよかった気がするよ。あと、本人たちがすごく楽しそうに演奏するよね。あの感じは僕は好きだったよ。もう見られないのかもしれないけどさ。

矢野 僕は普段は学校現場で働いているんですけれども、去年の文化祭で高校生が「LOVE YOU ONLY」をやっていたんです。

近田 バンドで?

矢野 はい。初めて組んだバンドで最初にやった曲がTOKIOだったんです。音楽サークルでも音楽クラブでもなく、運動部の連中なんですけど、彼らが最初にやるのがTOKIOなんだって、ちょっとうれしくなりました。たしかに楽しそうに演奏するからいいんだなって。

近田 TOKIOの曲って、演奏しながら歌うことに適したようにすごくうまく作られているのよ。その楽しさを子どもたちはテレビを通じて感じたんじゃないですかね。

 普通ロックバンドって、前にリードヴォーカルの人がいて、あとはバックバンドになっちゃうじゃん。テレビでも前の人しか映さない。TOKIOは全員がちゃんと映って、顔をちゃんと覚えられる。そんなバンドってなかなかないのよ。

矢野 たしかに全員に見せ場がありますね。

近田 でさ、ドラム叩いてる姿とかもいちいちいいわけよ。ものすごくバンドらしい感じがしたのを俺はよく覚えているよ。

矢野 ロックバンドでありつつ、さっき話に出たショーアップ、みんなが踊っているようなノリがあるんですよね。♪君が~ (君が~) ってコール&レスポンスで盛り上がれますし。そういうことも含めて、ミュージシャン本位になりすぎていないというのはきっとあるんでしょうね。

近田 しかもちゃんと演奏できるじゃん。そういう意味で言うとモンキーズに近いよね。モンキーズも自発的に組んだバンドじゃなくて、オーディションだしさ。TOKIOもジャニーズに入ってから「ここに入りなさい」って決められたわけでしょう。それなのにいいアンサンブルを聴かせる。その感じは他にない魅力になっていたような気がするけどね。

ジャニー喜多川ならではの
オリエンタリズム


矢野氏は1983年生まれ。同年生まれのジャニーズのタレントには、二宮和也、松本潤(以上嵐)、上田竜也、中丸雄一(以上KAT-TUN)、丸山隆平(関ジャニ∞)、風間俊介などがいる。

――近田さんは《歌い手、と言わず歌わされ手、と彼等の事は呼ぶべきだ》と書いていますもんね(笑)。

近田 そう。何でもかんでも主体性があって「俺はこうなんだ」と歌うだけがいいってことじゃないじゃん。やっぱり優れたプロデューサーがいて、その人に「あなたはこういうふうにしたほうがいいですよ」と言われて、それを素直に信じて仕事としてやっていく、その彼方にいい未来が待っているんだったら、それはそれでありだと思うんだよ。結局それはジャニーさんがすごかったんだよね。

矢野 ほとんどワンマン体制。ずっと「プロデューサー:ジャニー喜多川」とクレジットされていますし。

近田 芯が通っているもんね。絶対、最終的なOK出しは最後までしていたと思う。

矢野 僕もそう思います。

――矢野さんは本を書くためにジャニーさんのこともかなり調べられたでしょう。

矢野 はい。『ジャニ研!』(大谷能生、速水健朗との共著/2012年、原書房)という本でも強調したんですけど、ジャニーさんのアイデンティティはアメリカにあるんじゃないかと。

近田 僕もそうだと思うよ。

矢野 ジャニーズの表現のユニークさって、日系人としてアメリカで生まれ育ったジャニーさんが、アメリカのショービジネスを日本に輸出する意識でやっていることに由来しているんじゃないかなと。

 例えばシブがき隊の「アッパレ!フジヤマ」(1984年)とか「スシ食いねェ!」(1986年)みたいなジャパニズムというか、ちょっと誤解を含んだオリエンタルな日本像みたいなものも、そう考えると納得がいくんです。

近田 その文化はいまだにあるもんね。

矢野 嵐も最近『Japonism』(2015年)というアルバムを出していましたし。

近田 タッキー(滝沢秀明)がプロデュースしているのも。

矢野 「JAPONICA STYLE」。SixTONESと書いてストーンズの曲ですね。

近田 ジャニーさんの言語感覚は本当にすごいよ。普通そんな名前考えつかないよ、っていうグループ名ばっかり。

矢野 東京B少年がSexy美少年になって、さらに美 少年になったり。

近田 シブがき隊だって嵐だって、そうとうすごい名前だよね(笑)。

talk04に続く


『考えるヒット テーマはジャニーズ』

著・近田春夫
本体1,600円+税 スモール出版


近田春夫(ちかだ はるお)

1951年東京都生まれ。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。80年代以降はビブラトーンズなどを率いてバンド活動を続ける傍ら、タレント、ラジオDJ、作詞・作曲家、CM音楽作家など多彩に活躍する。86年にはプレジデントBPMを名乗って日本語ラップの先駆者となり、87年には人力ヒップホップバンドのビブラストーンを結成。96年からは週刊文春で「考えるヒット」を連載。現在は、元ハルヲフォンのメンバー3人による新バンド「活躍中」として活躍中。2018年10月には、ソロアルバム『超冗談だから』をリリース。12月には、OMBとのユニット、LUNASUNのアルバム『Organ Heaven』が発売された。


矢野利裕(やの としひろ)

1983年東京都生まれ。批評家、ライター、DJ。東京学芸大学大学院修士課程修了。2014年、「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と二十一世紀』(おうふう)、単著に『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」』(垣内出版)、『コミックソングがJ-POPを作った 軽薄の音楽史』(Pヴァイン)がある。

構成=高岡洋詞
撮影=山元茂樹



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