2019/08/30 17:00

「おっさんずラブ」脚本家・徳尾浩司 産みの親が明かす名作の原点とは?


「おっさんずラブ」脚本家の徳尾浩司さん。役者さんかな、と思わせるような長身でスラッとした軽やかなお姿がとても印象的でした。

 社会現象とも言えるブームを巻き起こした連続ドラマ「おっさんずラブ」。

 放送中にタイトルがTwitterの世界トレンドランキングで1位になったり、2018年の流行語大賞トップテンに選ばれたりと多くの点で話題になりましたが、ヒットの大きな要因の一つには脚本の素晴らしさがありました。

 この作品を産みだした脚本家の徳尾浩司さんは、いったいどんな人生を歩んできたのでしょう? その人となりをじっくりお伺いしました。



さすが言葉を産みだすお仕事をされている徳尾さん。人を飽きさせない楽しいトークで、インタビューは終始なごやかなムードで行われました。

――どんなお子さんでしたか?

 小学校5、6年生くらいまでは身長が高くて、運動もまあまあできたほうだったんですけど、だいたい教室の中にいて漫画ばっかり描いていました。

 その頃は、「ドラゴンボール」が流行っていたんで、それっぽい話を描いて、それを学級文庫に置いておくとみんなが読んでくれるんです。

 連載っぽくして「続きはどうなるの?」って言われると楽しくて、すっかり作家気分でやってましたね。

――では、その頃の夢は?

 それはもう、漫画家です。

 小学校4年生の時にすっごく絵が上手な子が転校してきて、その子に絵を習っているうちに、絵を描くのが好きになったんです。

 漫画を描き始めたら、話を作るのもどんどん楽しくなっていって、「そうだ、漫画家になろう!」って思うようになりました。


「役者じゃないんで、写真はあまり撮られ慣れていないから……」と照れた表情が可愛らしいです。

――もうかなり出来上がってますね! 漫画は描き続けていたんですか?

 中学生になってからは、剣道部に入って、勉強も忙しくなったので、あまり描けなくなっていたんですけど、それでもちょこちょこは描いてました。

 高校生になってからも漫画は描いていたんですが、どうも絵が成長しないんです。

 この頃になってくると、等身大の面白い話が思い浮かぶようになってきていて。

 でも、絵だけはいつまでも子供っぽいというか、かわいい絵ばっかりで、作りたい話と描いている絵のギャップがだんだん出てきていました。

――それで、脚本家を目指すようになったんですか?

 高校の文化祭で、初めて舞台の脚本を書いたんです。

 その時に、「絵のキャラクターではなく、実際の人間を使った方が、今描きたい話を実現しやすい」という発見があって。

 あぁ、「脚本家」っていう仕事があるんだ。これは面白いかも、って思いました。


「とにかく人に助けられて生きています」と語る徳尾さん。温かな人柄が周りを動かしてしまうんだろうな、と感じられました。

――その脚本を書くきっかけは何だったんですか?

 高校受験に失敗して、行きたかった学校に行けなかったんですよ。

 それでちょっと腐っていて(笑)。

 成績はいいんだけど、そんなに友達ともワイワイやらずに、気づくと教室の隅っこで静かに本を読んでいる、みたいな子でした。

 その時の担任の先生は、毎年1年生を担任している先生で、そういう腐っている生徒を毎年見てきてるんですよ。

 それで僕のことも見かねて、「いつまでも腐ってても、しょうがないだろ」って、声をかけてくれたんですよね。

 「俺のクラスは文化祭で毎年劇をやるし、今年も劇をやるって俺は決めている。だからお前が脚本を書いたらどうだ?」

 って言われたのが、脚本を書くきっかけになりました。

――すごく良い話ですね! 初脚本の評判はいかがでしたか?

 自分では面白いものを書いたつもりだったんですが、正直、半信半疑でした。

 クラスのみんなも、僕のことを「成績はいいけど、大人しくて、別に面白いって感じの奴じゃない」って認識だったので、最初は話も聞いてくれなかったですしね。

 でも、お芝居の稽古をしているうちに、だんだんみんなとも仲良くなっていって、腐っていた僕も友達の良さとかに気づいていって(笑)。

 脚本を書くのも楽しかったけど、みんなで作り上げていく過程も含めて楽しくて。

 「演劇って面白いな」って思ったのは、その時です。


高校生の頃には、既に脚本家への道を歩みだしていた徳尾さん。人を動かす楽しみを覚えてから、演劇への思いはどんどん強くなっていったそうです。

――それで、大学でも演劇をやろうと思ったんですね。

 そうですね。結局、高校の時に脚本を書いたのは、文化祭の劇だけだったんです。

 だから、大学は演劇活動の盛んな大学に行きたいと思って調べたら、早稲田(大学)には演劇サークルがいっぱいあるらしいと。

 それでとにかく、早稲田をいろいろ受けたんですよ。

 理工学部、教育学部、文学部、社会科学部、商学部……。

――(笑)。普通そういう受け方はしないのでは?

 とにかく早稲田に行きたい一心で(笑)。

 でも、高校の時は理系クラスにいて、実は理系科目しか勉強していなかったんですよ。

 だから社会とか勉強していなかったんで、文系の学部は当然ダメで。

 と言っても、理系の理工学部もダメで(笑)。

 結局、早稲田は全部ダメでした(爆笑)。

 辛うじて、慶應(義塾大学)には引っかかったんで、慶應に行くことにしたんです。


「実は東北大学も受かっていて、すごく良いところだったんですけど、どうも演劇をやってる学生がいなそうだった。それと、大学周辺の環境が良すぎて二度と帰ってこないんじゃないかと思ったんで、行きませんでした(笑)」ともお話しされていました。

幼少期からブレることなく、物語を作り続けている徳尾さん。やりたいことをとことんやり続ける、その強い信念が自信となって、滲み出ているように見えました。

――慶應では、演劇サークルに入られたんですか?

 はい。でも、やっぱり慶應は早稲田とは違って、演劇サークルの数が少なくて。

 選択肢は、活動がすごく盛んだった「創像工房 in front of.」っていう100人くらいの団体と、「演劇研究会」っていう15人くらいの老舗サークルのほぼ2択でした。

 そして僕は、小さい方の「演劇研究会」に入りました。

――どうして「演劇研究会」を選んだんですか?

 最初は「創像工房」の方から勧誘を受けていて、ここに入ろうって思って部室に申し込みに行ったんですよ。

 その時は知らなかったんですが、この2つの演劇サークルは交代で同じ部室で使っていて。

 ちょうど申し込みに行った時は入れ替わっていて、「演劇研究会」のターンだったんです。

 で、「入ります!」って言っちゃったんで、「演劇研究会」に入ることになりました。

 なんか変だなとは思ったんですけど(笑)。

――選んでなかったんですね(笑)。

 そうなんですよ(笑)。

 でも結果、「演劇研究会」に入って良かったなと思っています。

 本当に人数が少ないサークルだったので、先輩が卒業してからは、脚本を書く人も舞台を演出する人もいなくて。

 結局、大学生活の4年間は、ずっと僕が脚本を書いて、演出もしていました。

 もし人数が多い「創像工房」に入っていたら、そんなチャンスは、4年間で1回くらいだったでしょうから、本当に貴重な経験だったと思います。


撮影にもだいぶ慣れてきた徳尾さん。表情もサマになっています!

――そして大学卒業後に、ご自身の劇団「とくお組」を結成されたんですね。

 はい。自分の劇団を作ろうと思った時は、「創像工房」にいた役者たちに声をかけました。

 みんな僕のお芝居を観てくれていたし、僕もみんなのことをいい役者だなと思っていたんですけど、実は4年間ほとんど喋ったこともなかった人たちなんですよ(笑)。

 劇団としての活動はお休みしていますが、今でもみんな仲良くてよく会っています。

――「とくお組」の公演は2015年が最後です。今後公演をする予定はありますか?

 特に予定はないんですけど……だいたい今公演をしようと思っても、上演は2年後とかですよね。

 まずは、劇場を押さえることから始めなきゃならないですから。

 でも、「もうそろそろやりたいです」ということは、劇団のみんなには伝えていて、2021年ぐらいにはやりたいと考えています。

 あとは、駅前劇場(※)次第です!(笑)


ご自身の劇団「とくお組」についてお話しする徳尾さん。結成時に声をかけたメンバーは、大学を留年して卒業できなかった方ばかりだそう(笑)。劇団愛を感じます。

(※)駅前劇場は、東京・下北沢にある小劇場の一つで、以前「とくお組」の公演もよく上演されていた劇場。


脚本家という職業のこれからについて伺うと、「若い人はどんどん増えたほうがいいと思う。新しい価値観をもって、この世界に飛び込んでくる若者がいたら、一緒に仕事をしたいと思いますね」とお話しされていました。

――現在は、脚本家の事務所「sacca」に所属されていますが、所属することになったきっかけは?

 「とくお組」の劇団スタッフに、芸能事務所のマネージャーをやっていた人がいたんです。

 僕が「ドラマや映画の脚本家にもなりたいし、劇団もずっと続けていきたい」と言ったら、「世の中には脚本家事務所というのがあるから、そこで面倒を見てもらうのがいいんじゃないか」って。

 それで、事務所の人を劇団の公演に招待して、観てもらったんです。

 その人が今の事務所のチーフマネージャーで、公演の後に僕の目標や仕事への意気込みをお話ししました。

 その時は、なんかピンときてなさそうだったんですけど(笑)、「お試しで始めてみますか」みたいな感じで所属することになりました。

――巡り合わせがいろいろとすごいですね! 徳尾さんにとって「転機」はいつですか?

 脚本家としての転機は、2013年にNHKの「ハードナッツ!」という連続ドラマの脚本を書いたことです。

 書いたのは1話分だけなんですが、この時から僕の脚本家としての人生が拓けたと思います。

 実はそれ以前の5年間くらいは、ドラマの仕事をほとんどしてないんです。

 事務所に所属してから、チャンスはいっぱいあったんですけど、何をやってもうまくいかなくて……。


並々ならぬ苦労の末にステップアップできた、と語る徳尾さん。だからこその「今」があるんですね。

――そんな時期があったとは、意外です。どんな経緯でその脚本を書くことになったんですか?

「ハードナッツ!」は、3番目の脚本家として呼ばれたんです。

 このドラマが、数学の知識を武器にした推理ドラマだったので、大学時代の専攻が数学だった僕に白羽の矢が立って。

 数学の知恵を貸してほしい、トリックを考えるのに協力してほしい、というのが実際に呼ばれた理由でした。

 だから僕も、あくまでお手伝いの立ち位置で協力していたんですが、「1話でもいいから書かせてくれ」ってプロデューサーに頼みなさいって、マネージャーが言うんですよ。

 その時は、「えー、そんな雰囲気じゃないし……そんなことをお願いする意味がわからない」って理解ができなかったんですが、結局は1話分を書かせてもらうことができたんです。

 そのおかげで、僕のプロフィールには「NHKの連続ドラマ」という実績が加わることになりました。

 それをきっかけに、いろんな仕事の依頼が増えてきて、脚本家としてのキャリアも軌道に乗り始めました。

 やっぱり脚本家にとって大事なのは、“実績”なんですね。

 だから、たった1話なんですが、この1話が本当に大きな転機でした。


「きっかけをくれたマネージャーさんにも感謝を?」とお伺いしたところ、「そうですねぇ……」と照れ笑い。

――初めてのNHKドラマのお仕事はいかがでしたか?

 最初に書いた脚本は、ぜんぜん良くなかったんです。

 でも、そのときのプロデューサーがすごく優しくて優秀な人で、丁寧で的確なアドバイスをくれるんです。

 「ここはこの部分が良くないから、このシーンとこのシーンを入れ替えて、ここをこう直してきて」みたいに本当に細かい指示でした。

 で、言われた通りに直すと、すごく良くなるんです。

――すごい方なんですね。

 出来の悪い脚本を、良い脚本にできるプロデューサーは非常に限られていると思います。

 だからその時のプロデューサー、東宝の方なんですが、めっちゃ感謝してるんです。

 先方は忘れてると思いますが、僕はずっと恩人だと思っています。


徳尾さんは、「おっさんずラブ」で第97回 ザテレビジョンドラマアカデミー賞 脚本賞を受賞されました。おめでとうございます!

――さて、それでは代表作である「おっさんずラブ 」のお話をお伺いします。徳尾さんにとって「おっさんずラブ」とは?

 初めてオリジナルで全話を手がけた連続ドラマですし、賞もいただいたので、僕の人生上でも記念すべき作品になりました。

 本当にたくさんの人が盛り上げてくれている状況を見て、「ありがたいなぁ」って思うことが多く、それはこの作品ならではの新しい感覚ですね。


「懐かしいな~、政宗のキャラクターって眞島さんがすごく細かく設定してくださってたんですよ」と『おっさんずラブ』公式ブック(文藝春秋刊)を読みながら。

――徳尾さんのTwitterもファンのみなさんの間で、非常に話題になりましたね。ご自身が“売れた感”を感じることはありますか?

 全然ないですね……。

 ただ、田中 圭さんや監督の瑠東(東一郎)さんと対談させてもらったときは、「田中 圭さん、売れたなぁ~!」とか「監督、売れたなぁ~!」とかは思いましたね。

 確かにTwitterのフォロワーは増えましたけど、それはドラマや映画の情報を呟いたりすることにみなさんが興味を持ってくださっているというだけなので、僕に価値があるわけではないと自覚しています。

 作品が評価されていることに関しては純粋に嬉しいですが、僕自身は変わっていませんね。

――そして、『劇場版 おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』が公開されましたが、連続ドラマで一旦終わったストーリーの続きを書くのは大変ではなかったですか?

 確かに最初はかなり悩みました。

 恋愛ドラマって、二人が付き合うまでが主なので、恋愛ドラマとしては連続ドラマが終了した時点で終わったかなと思っていたんです。

 映画化はその後に決まったので、「じゃあ何をやるか」ってなった時に、やっぱり恋愛ドラマとして、その続きをやるべきだなと思いました。


『劇場版 おっさんずラブ』は焼き直しではなく、ちゃんとした続きのストーリーを書きたかった、と熱いお気持ちを話してくださいました。

 じゃあ、何を続きとするか。

 連続ドラマのラストは、春田が牧にプロポーズをしただけで、普通はプロポーズの後って結婚するまで何だかんだ1年くらいかかるわけじゃないですか。

 特に20代から30代の時って、恋愛だけでなく、仕事人としての夢だったり、何かを成し遂げたいという思いだったりはみんなにもあると思うし。

 そういった夢と「大切な人と家族になる」ってことがぶつかったりもする時期だから、そんな葛藤が描けたら「おっさんずラブ」らしいし、ちゃんとした“続きの話”として書けるんじゃないかって、覚悟を決めました。

 先がわからないものに対して一所懸命生きていくということに関しては、自分自身もそうだし、そこにすごく共感するっていうのは昔からあるんですよね。

 大きな夢はないけれど、着実に歩んでいく人って、書いていても楽しいんで。


「おっさんずラブ」も含め、周りの人への感謝の言葉に溢れていた徳尾さん。「色紙を書いてください」とお願いをしたところ、ご自身考案のキャラクター「とこなつボーイ」も描いてくださいました。

現在放映中の「テレビ演劇 サクセス荘」(TX)は、舞台の演出を取り入れた新しい感覚のTVドラマ。まさに徳尾さんらしい作品です。※2019年8月現在

――2019年10月から始まるNHKの連続ドラマ「ミス・ジコチョー ~天才・天ノ教授の調査ファイル~」についてお聞かせください。

 大きな事故があった時に、その原因を調査する「事故調査委員会(事故調=ジコチョー)」という組織があるんですけれども、そこに焦点を当てたドラマです。

 今回、この脚本を書くために取材して初めて知ったんですが、「失敗学」という学問があるんですよ。

 人はいろいろな失敗をしちゃうけれども、失敗することは悪いことではなくて、その失敗から何を学び取れるのか、次に同じことをしないためにどんな防止策を打てるのか、ということを研究する学問なんですね。

 松雪泰子さん演じる、その失敗学の教授が、ジコチョーで活躍して様々な事件の真相解明をしていくというストーリーです。

 僕にとっては「ハードナッツ!」「スリル!」に次ぐ、NHKのミステリードラマで、今から放映が非常に楽しみです!


「ミス・ジコチョー」では、同じ脚本家事務所で仲の良い八津弘幸さん(代表作は「半沢直樹」や「陸王」)とタッグを組んでいるとのこと。期待が高まります!

――今後の展望は考えていらっしゃいますか?

 全然考えてないんですけど、ドラマの脚本を書いている以上は、良いドラマを作りたいです。

 あとは、「おっさんずラブ」のようなオリジナルの連続ドラマの仕事がたくさん増えればいいな、とは思います。

 僕に声をかけてくれるプロデューサーが、「こいつはオリジナルがいいな」って思ってくれるように頑張るっていうか。

 原作があるドラマも、もちろん素晴らしいものはたくさんあるし、嫌なわけではないんですけど、物語をゼロから作るというのはすごく刺激的なことなので。

――最後に、今後の課題はありますか?

 本当に締め切りが守れなくて……。

 こんなはずじゃなかったんですけど、この1年くらい、どうして僕はこんなに締め切りが守れなくなってしまったんだろうって(笑)。

 忙しすぎるってことではないんですけど、集中力ってなかなか続かなくなってくるもんで、すぐネットしちゃう。

 集中力をいかに持続させるかっていうのが課題ですね(笑)。


 今や押しも押されぬ人気脚本家になられた徳尾浩司さん。

 これからも人に夢を与える「おっさんずラブ」のようなオリジナリティあふれる作品を大いに期待したいです。


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徳尾浩司(とくお こうじ)

1979年生まれ、大阪府出身。脚本家、演出家。柔らかい日常的なセリフと緻密なストーリー構成で、映画『走れ!T校バスケット部』、TVドラマ「おっさんずラブ」(EX)、「チア☆ダン」、「きみが心に棲みついた」(ともにTBS)などの脚本を手掛けている。最新作は『劇場版 おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』が2019年8月23日(金)より公開。NHK「ミス・ジコチョー~天才・天ノ教授の調査ファイル~」が10月より放送開始。

企画・構成=FUNFUN
文=濱野奈美子
撮影=佐藤 亘



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