2019/09/05 17:00

「Mはマリアちゃうんかい!」 浜崎あゆみに翻弄された一年間

あゆ縛りのカラオケが
孤独な心に刺さりまくり


『A Song for XX』。浜崎あゆみのファーストアルバム。腹が立つほど隙のない可愛さである。

 去年あたりから個人的に、浜崎あゆみブームが来ている。

 いや、正しくは来たり引いたり私の心は荒波である。なぜ、そうなったのかは最後に書くとして、まずはハマったきっかけなどを一方的にリメンバートークしたいと思う。

 ちなみに、今回が我が人生で初のあゆブーム。

 あゆが出すもの全てをヒットさせていた90年代末から00年、やることなすこと地味ヘタレな私にとって、彼女のオシャレっぷりと不思議キャラ、甘すぎる鼻声はもはや宇宙人。

 加えて短期間にドカドカ曲を出すスタイルは、フルマラソンをカール・ルイスばりの速度で走っているようにしか見えず、曲がどうこう言うよりも、

「なんだか慌ただしいが大丈夫なのだろうか」

 くらいにしか思えなかったのである。

 ところがあれから約20年。エエおばはんになってから、大阪の中心であゆにハマる……。

 きっかけはベタだが、カラオケである。履歴で見つけた「End roll」に反応してしまい「ああ、この曲だけは好きだったなあ。懐かしい、ちょっと歌ってみるか……」と1曲入れたのがデスティニー。

 自分で歌って初めて分かる浜崎あゆみ曲の陶酔度。ロンリ―ハートにドカドカ効くのなんの。嗚呼、もうどうにも止まらない!

「君はどこへ行ったのか」(「End roll」[作詞/浜崎あゆみ 作曲/D・A・I]) 自分でもサッパリ分からない!

「そんな日々もあったねと 笑える日が来るだろう」(「SEASONS」[作詞/浜崎あゆみ 作曲/D・A・I]) 早く来てーッ! もうたいがい年食ったし!

「居場所がなかったー」(「A Song for XX」[作詞/浜崎あゆみ 作曲/星野靖彦]) 今も見つからないーうぉー。

 ……とまあ、自分で歌い自分で合いの手を入れること1時間。カラオケボックスにはドス黒い熱気が渦巻いた。

 途中「浜崎あゆみの歌はタイトルが全部アルファベットなので歌いたい曲がどの曲か分からなくなる問題」にぶち当たりフェイドアウトしたが、いやもう参った参りました。

 10代の迷いを歌ったあゆの歌が、ド中年の私のこじらせハートにズームイン! その後友人に声をかけまくり、あゆカラオケを実践したのはいうまでもない。

SNSの下手さが
とても他人と思えない

 浜崎あゆみのインスタも覗いてみたが、うぉぅ不器用。迷いながらも全力で人生送ってますアピール満々、コメントの永遠に乙女なポエムなど、禁断のこじらせシンパシーを感じ、最初こそ応援していたものの、だんだんつらくなって見るのをやめた。「自然体を意識しすぎてナナメ発信症候群」にかかってるよ、あゆ!


『LOVEppears』。浜崎あゆみのセカンドアルバム。大ヒット曲がズラリと収録、しかもパンチのあるジャケット。当時は「出し惜しみしない子だなあ」としか思っていなかったが、今改めて聴くとその才能とセンスにクラクラくる。遅い、遅すぎる、私。

 以前、井上陽水のサルサな「SAKURAドロップス」を聞きたくて、宇多田ヒカルのソングカバー・アルバム「宇多田ヒカルのうた-13組の音楽家による13の解釈について-」をレンタルしたとき、耳に飛び込んできた浜崎あゆみの「Movin’ on without you」。なんとつややかなプラスチックボイス。いろんなものを弾き飛ばすような人工的な柔らかさを感じさせ、

「あゆっていい声してるんだなあ」

 と妙に感動してしまった。

 ところが去年の歌の祭典でダンサー付きでこの歌を歌唱した時は「なんか違う」と思ってしまった。歌以上に個性と演出が賑やか過ぎるよ、あゆ! でもそのやりすぎ感も愛しくて切ないのだ。

盛り上がったあゆブームも
あの本の発売で……

 浜崎あゆみは、「チームあゆ」を乗せた大きな船の船長として広い世界へと漕ぎ出し、時代の波で一気に沖まで流され、今なお陸を探して航海中、そんな感じに見える。

 永遠に足が地につかない感こそあゆ。居場所がないからこそあゆ。

 その歌は、私の心の中に残る「消化しきれなかった思春期」をガッスンゴッスン呼び起こし、切ないながらも甘い気分にしてくれるのだ。

 音楽とは、本当にいつブームが来るか分からない。

 昔腹立った曲が今救いになるなんてこともある。だからこそ楽しい、ありがたい。

 さあ、次のカラオケは「Dolls」と「HANABI」あたり攻めるか……。

※  ※  ※

 ここまで盛り上がっていた、マイ浜崎あゆみブーム。実はこの原稿も2019年の正月くらいから7カ月くらいかかって練り練り練り練り書いたものである。それをやっとさあ、編集部に送ろうとした矢先に、暴露風味小説のニュースが流れてきたというわけである。

 ビックリして記事を読んで、訪れたのはガックリ。なーにー? MAX松浦との恋バナ?

「Mはマリアちゃうんかい!」

 と一瞬でドッチラケてしまったのである。

 そしてその5秒後、そんな自分に「どうした私!?」とオロオロした。我ながらビックリガックリビックリと大忙しで首が痛かったが、再度ビックリしたのには理由がある。

 これまでなら「作り手の思いと歌は別」と分けて考えられる絶対的自信があったからだ。

 ところが。浜崎あゆみに関しては違った。にわかファンにもかかわらず、なにこの気持ち。

 やっと手に入れた自分の隠れ家に見知らぬオッサンが「実はここワシの部屋ですねん」とドカドカ入ってきたようなショック、ホワーイ?

 短期間でここまで思い入れが強まり、客観視できなくなる浜崎あゆみ、恐るべし。

 意外なことで意外なほどの彼女の伝染力を知った。

 ……とまあ、今さらジローなご報告になったが、アーティストとは、いろんな人の思いを背負う、すごい職業だとつくづく思った。

 歌を作るということは、自分の思いを削って誰かの居場所として提供することなのかもしれない。

 よっしゃ了解。ならばリスペクトを込めて、読もうじゃないか、あの本を!!

ファンに「なぜ?」と思わせ続ける
浜崎あゆみのサービス精神


浜崎あゆみのデビューから“歌姫”に上りつめるまでの軌跡を描いた自伝的小説『M 愛すべき人がいて』(小松成美著・幻冬舎)。2020年春にテレビ朝日でドラマ化されることも決定。

『M 愛すべき人がいて』。Mは未練のMかいなと思うほど執着心を感じる目次にいったん腰が引けるものの、無事30分で読了。

 友人からブリッコおばはんだのハーレクイーンロマンスの干物だのとあだ名されるほど恋愛観をこじらせている私ですら、「照れくさいわああ!」と悶絶するほどスイートでスリリングなセレブワールドであった。

 客観視できないあゆ、居場所がないあゆ、全開。ある意味超正しいあゆワールド!!

 しかし、なぜ今。なぜ実名。なぜの嵐は吹いたままである。

「エイベックス・トラーックス……」というCMがガンガン流れていた、90年代の終わりから00年代初期の喧騒というか熱気はすごく描かれていて、確かに映像化すれば面白いとは思うが(そして本当にドラマ化決定)、「M」を聞いても、もうMAX松浦氏の顔しか浮かばないという後遺症はツラ過ぎる。

 元カノに大昔の恋物語をあたかも最近の話のように掘り起こされ、しかもむっちゃくちゃエエ男に書かれたMAX松浦氏。心中お察しできないほど、2人の間はややこしそうだ。

 嗚呼、いくつになっても男と女のラブゲームはロマンティックが止まらない。

 もしかして、浜崎あゆみはもう一度「俺を信じろ」「大丈夫」と言ってもらいたいのかもしれない。

 いやいやーどうかなあ、さすがにもうそんなにセンチメンタルでもないかなー。

 ドッチラケたと言いつつ、またもやあゆについて考え、一人部屋で盛り上がる私。

 くっ、結局好きなんじゃないか! カラオケ行ってきます……。


田中 稲(たなか いね)

大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。個人では昭和歌謡・ドラマ、都市伝説、世代研究、紅白歌合戦を中心に執筆する日々。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。
●オフィステイクオー http://www.take-o.net/

文・撮影=田中 稲
画像=文藝春秋



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